料理上手な彼女

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料理上手な彼女

「この箱はさ、俺にとっては宝箱なんだ」  浮かれている。  うちの会社の同僚の山田、かなり浮かれている。  山田は最近とても可愛い彼女ができたらしい。  見た目も可愛いし、優しいし、それにとても料理が上手いらしい。  和食洋食中華イタリアンなんでもプロ並。お菓子もケーキ屋のように映えて美味いものが作れるらしい。  そして、その彼女、甲斐甲斐しくも毎日、山田にお弁当を作ってくれているのだ。 「まゆちゃんも忙しいだろうから無理しないでっ、て俺言うんだけどさぁ、『料理は私の趣味だから奪っちゃやだ♡』ってほっぺ膨らませてくるのよ。超可愛くね?」 「はいはい、可愛い可愛い」   俺は適当に流しながら、山田の隣でコンビニ弁当を食べる。  確かに、山田の食べている弁当箱を覗いてみると、オーソドックスな弁当の中身だが、卵焼きにネギが混じってたり、チーズとベーコンの巻いたものにしそが挟まっていたりと、ところどころ手の込んでいるのが分かる。もちろん冷凍食品は使っていなさそうだ。  これを毎日、なかなかやるな、まゆちゃん、と内心感心はしていた。  そんな山田の惚気も、3ヶ月ほどたつと様子が変わってきた。 「カップラーメンが食べたい」  俺の昼食のカップラーメンを見ながら、ヌメッとした声で山田が言う。 「はあ、食べればいいだろ」 「でも俺にはまゆちゃんの宝箱がある」 「じゃあその宝箱食えよ」 「でも、たまに!カップラーメンが食べたい!」  山田が駄々をこねるように言う。 「もちろんまゆちゃんの料理に不満なんかない。不満があるなんて言ったら罰が当たって死ぬ。しかし!しかし!人は時にジャンクフードを欲する!」  どうも話によると、まゆちゃんはお弁当だけでなく、山田の朝昼晩の食事も作ってくれているらしい。  とても栄養満点・プロ並みの美味しさらしいのだが、なんせ元々ジャンクフード大好き人間の山田。3ヶ月とジャンク断ちしていたところ、中毒症状が出てきたらしい。 「んなもん、まゆちゃんに言えばいいだろ。たまにはカップラーメン食いてえだの、配達ピザ頼みたいだの。まゆちゃんも楽できるしいいんじゃねえの?」  俺が軽い気持ちでそう言うと、山田はムスッとした顔で言った。 「それは、浮気だ」 「はぁ?」  何言ってんだこいつ。 「『私の作った物以外を食べるなんて、浮気だよね♡』ってまゆちゃんが言ってた。不貞行為するわけにはいかないだろ」 「お前、そこそこいい大学の法学部卒じゃなかったか?不貞行為についてもう一回勉強してこいよ」  俺は呆れたように言った。 「まあ、じゃあ、まゆちゃんに操を立ててカップラーメンは諦めろ」 「でもジャンクフードの誘惑にはあがらえない。お前が俺の前でそんな美味しそうなシーフード味を見せつけるのが悪い!」  山田はプウプウと文句を言う。  そして、俺の耳に近寄って、悪い事でも言うように囁いた。 「ほら結局さ、俺だって男なわけよ。なんつーか、浮気は男の甲斐性だろ?」 「言ってる事は最低だけど、ただカップラーメン食べたいってだけの事だからなぁ」  俺はちょっと笑ってしまう。 「いいよ、じゃあ今日俺のと交換するか」 「まじでっ!」  山田はキラキラしながらまゆちゃん作の宝箱を取り出した。そして、俺のシーフード味カップラーメンと交換する。  いそいそと3ヶ月ぶりのカップラーメンにお湯を入れる山田を後目に、俺はまゆちゃんという見知らぬ人の作った弁当を開ける。  たしかに見事なものだった。 きんぴらゴボウ・鮭・唐揚げ・卵焼き・ブロッコリーをなんか炒めたやつ・ミニトマトをベーコンで巻いたやつ……。  まじで弁当の見本みたいに色鮮やかで美味しそうだ。  本当に山田は贅沢なやつだな、と俺は苦笑しながら卵焼きから突いていく。  山田はカップラーメンをあっという間に食べ終わった。 「いやぁ、たまの浮気もいいもんだな」  酷いセリフだが、ただカップラーメンを食べただけの話である。 「俺も美味しかったよ。山田が言ってんの大袈裟かと思ってたけどマジでプロ並みの味だな」  俺は弁当を返しながら言う。 「ところで、卵焼き結構甘い派なんだな。俺は好きだけど、すごく甘め……」 「待て」   俺の言葉に、急に山田は青い顔になった。 「今何って言った」 「え?卵焼き甘い派……」 「俺は、しょっぱい派だ。むしろ甘いのは全く食べられない」  そう言いながら、山田は空になった弁当箱をジッ見つめた。 「それをまゆちゃんは知ってるから絶対に甘い卵焼きは作らない」 「……なんか、間違えたんじゃねえの?そんな日もあるだろ」   素っ気なく俺は言うが、山田は青い顔のままだ。 「まゆちゃんは間違えない。そして、俺は甘い卵焼きを絶対に食べない……。これは罠だ」 「はっ?罠?」  急に物騒な単語が出て、俺はきょとんとする。 そんな俺を気にすること無く、山田はガタガタと震えだした。 「まゆちゃんは気づいてたんだ。俺が最近ジャンクフードを欲していることに……そしてこうして浮気するかもしれないと思って、卵焼きの罠を仕掛けたんだ……。やってしまった……。甘い卵焼きは残さなくちゃいけなかったのに……完食してしまった……どうしよう」  どうやら山田にとって、さっきまでは宝箱だったのものが、恐怖の箱になってしまったようだ。  完全にパニックを起こして、どうしようどうしようと連呼している。 「卵焼きだけ、同僚にあげたとか言えばいいんじゃねえの?残すのは勿体ないからとか言ってさ」 「はじめの頃、俺、まゆちゃんが作った物は誰にも食べさせたくない〜とか、言っちゃってたし」 「自業自得だろもう」  俺は呆れた。 「じゃあ素直に言うしか無いだろ。で、謝るんだ。どっちにしろ何かを我慢したり、隠し事する関係なんて続かねえぞ」  俺が偉そうに諭してみると、山田は泣きそうな顔をしながら、「そうだよな」と頷いた。  その後、山田はまゆちゃんに正直に言って土下座した。  まゆちゃんは不貞腐れたが、持ち前の優しさで許してくれたらしい。  そして後日、山田はまゆちゃんから、たまにラーメンを食べる許可を得たのだという。  よかったな、山田。一件落着だ。  ただ許可されたのは、麺からスープまで全て手作りの、まゆちゃんお手製のラーメンのみであったそうだ。 END
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