ダークチョコティント

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「みんな、おっはよー!」  パラソルをいつもの場所に隠してきた僕は、三時限目の前の休み時間のうちに教室にすべりこんだ。みんな一斉に僕を見て笑顔を返す。 「アイ、今日は昼前に来たんだな」 「さすがに次の数学は出ないといけないかなー、って思ったんだ」  僕はかわらしい通称〈天使のアイちゃんスマイル〉を浮かべて席につく。とたんにクラスの半数の男女が僕の周りに集まってきた。 「ねえねえ、今日の英語の授業、ヤバかったんだよ!」 「そうそう、高木せんせー。なんか勝手にキレだして、CDプレーヤーのコンセントを振り回し始めたんだよ」 「カウボーイ気取り? って感じだったよ。あれはウケたね」  僕は「なにそれなにそれ! ちょーウケる! 僕もみたかったなあ、ざんねん」なんて心にもないことを言う。ちゃんと困ったような悲しそうな顔を作って。 「アイちゃん、一限目から来てみたら?」 「うん、起きれたらね!」  するとみんなはどっと笑う。なにがおもしろいんだか。 「ねえ、アイちゃん。そのリップ、新しいの?」  僕のとなりの席の矢島が興味津々に僕の顔を指さす。背中がゾッとした。 「うん。お姉ちゃんが教えてくれたんだ。新商品のティントだよ」 「ティントって、怖くない?」 「ぜんぜん! おすすめの一本、今度教えてあげるよ」  今度は別の男子が「それなら俺にも教えてよ!」って体を乗り出してきた。 「なに、あんた化粧すんの?」 「似合わないよー? アイちゃんじゃないんだから」  散々に言われるそいつが哀れに思えてきたけれど、僕はにっこり笑って「いいよ。まずはお手入れから教えてあげる」と言ってあげる。  そしてようやく三限目を知らせるチャイムが鳴って、僕の席の周りは波のように引いていった。 (はあ、だるい)  貼りついた笑顔の裏で僕はそんなことを思っている。胸ポケットから手鏡を取り出して笑顔の確認。大丈夫、今日も僕はかわいい。
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