アンダーグラウンド

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アンダーグラウンド

幼い頃から所謂、闇社会と呼ばれる場所に身を置いてきた。 理由は単純明快だ。 母親がその世界に身を置いていたからに過ぎない。 母親は情報を盗み出すのが上手いスパイだったと聞いている。 銃の扱いも慣れたもので、何人も人を殺していたらしい。 らしい、というのは母親を見たことがないからだ。 「シアネア」 名を呼ばれて隣を向いた。 「終わったら、飯でもどうだ」 口籠もりながら、それでも伝わる音量で何か言っている。 今回の仕事仲間だ。 名前は忘れた。 一度きりのパートナーの名前を覚えるほど、効率の悪いものはない。 「仕事を終わらせることを考えろ」 一言だけ告げて、再び元の体制に戻る。 「それもそうだな……シアネアは、何故そんなに冷静に構えていられる?」 「これが仕事だから」 問われたから答える。 ただそれだけだ。 条件反射のようなものだと言えば、適切な表現だろうか。 「若いのに凄いな。度胸があるというか、男らしいというか」 言われてみれば、相手は中年だったような気がする。 見た目は若いが、首の皮膚を見れば年を取っているのは分かる。 「何歳なんだ?」 「それは、仕事に必要なことか?」 そう返すと黙り込んだ。 カチッ、と小さな音が聞こえて息を吐く音がした。 ライターの火でも点けたのだろう。 「吸うか?」 ちらと一度見ると、箱を差し出してくる。 パッケージは見えないが、臭いで分かる。 「煙草は吸わない」 「そうか」 肩をすくめて手を引っ込めた。 煙草はスーツの内ポケットにしまったらしい。 そのまま柵にもたれかかると、足を投げ出して空を見つめ出した。 どこかで、この動作を見たような。 男に違和感を感じつつ、何の気なしに話しかけていた。 「名前は?」 「珍しいな、シアネアが名前を二度聞くとは。興味はないんじゃないのか?」 面白そうに笑って返してきた。 聞きたいのはそんなことではないのだが。 「興味はない。ただ気になっただけだ」 「そうか、じゃあ気まぐれにお答えして。俺の名はアルバだ」 アルバ。 名前に覚えはない。 だとすると、裏社会に身を置くただの中年男性というだけかもしれない。 もっとも、一緒に仕事をした者の名を覚えていないのだ。 自分の記憶にないだけで、前にも会ったことはあるのかもしれない。 自分の記憶は役に立つものではない。 母親が得意としていた銃を見つめる。 興味がないからか、貰った時に種類を聞いたのに忘れてしまった。 撃てればいい。 ただそれだけだった。 スコープを覗き込み、何度したか分からない確認をもう一度する。 失敗は許されない。 ついでにサプレッサーがきちんと機能するだろうか、と確認する。 確認だけで、実際にやってみないと確証はない。 細かいことはよく分からないが、こうすれば良いだろうという漠然とした勘だけはある。 きちんとした使い方を、教わった訳でもない。 「ロセアは腕のいいスナイパーだったな。スパイとしての実力もあったが、俺から見ればスナイパーとしての実力も才能もあったと思う」 ぼそ、と呟いたアルバの言葉に思わず手が止まった。 ロセアという名は。 「母さんのことを知ってるのか」 「まあ。この業界じゃ有名だからな。シアネアのことをロセアの再来と言う者も多い」 思わず乾いた笑いが漏れた。 母親の再来だと? バカにも程がある。 帽子をさらに深くかぶり直し、目元をアルバに見られないようにした。 「シアネアはシアネアだ。ロセアじゃない」 「それは皆分かっている。それほど、シアネアの腕が立つと言いたいんだ」 右手に付けた腕時計を見る。 そろそろ時間だ。
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