まさかの居候

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 先生の執筆の手を止めてはいけないから 「じゃあ、また伺います」  と帰って来た。 「晩ご飯、食べていけば?」  とのサヨおばあちゃんの誘いも、きょうは遠慮して。  蓮が家で食事を作ってくれている。  以前、可知先生のお宅で食事をご馳走になったのは、蓮が家に転がり込む前だったから。喜んでサヨおばあちゃんの作った美味しい和食をいただいたけど。  私、なんだかんだ言っても蓮のこと同居人として認めてしまっているのかな? 「お帰り。碧、きょうはポトフ作ったよ」  なんてあの笑顔で言われるとなんだかホッとする。そんなこと誰にも言えないけど……。  もちろん家族にも……。同居人が居るなんて知ったら両親、卒倒するだろう。  別に悪いことはしてないよ。行く所のない可哀想な子を一人置いてあげてるだけだもん。捨てられた子犬を拾っただけ……。  考えながらバスに揺られて歩いて、もうマンションのドアの前。カギを開けて私の部屋に入る。 「ただいま」  窮屈なパンプスを脱いでいるとキッチンから、あきらかにカレーの香りがする。 「あっ、碧、おかえり。今夜はカレーだよ。美味しく出来たから早く着替えておいでよ」 「うん」  今朝、あんなにムカついてたのに……。  蓮の穏やかな顔を見ると、つい、まあいっかってことになっちゃう。なんなんだろう。あの汚れを知らない人懐っこさは。いつも調子狂う。そんな細かいこと、どうでもよくなる。結局、蓮のペースにハマってしまう。  二人で向かい合ってカレーを食べてる。 「どう、味。辛かった?」 「ううん。美味しいよ」  本当に……。 「そう。良かった。碧、カレー好きだもんね」  半年で私のカレーの辛さの好みまで分かってる。 「ごちそうさま」  後片付けは当然、蓮の仕事。私は手伝わない。ソファーに腰掛けて蓮の後ろ姿を眺めてたり。  ずっと、このままで居られる訳もないけど、とても穏やかな時間の流れを感じながら、今朝のスーツ姿の蓮を思い出していた。 「碧、今朝はごめんね。スマホ」 「うん。届けてもらったから、もういいよ」  後片付けの終わった蓮が 「碧、話があるんだけど今いい?」 「何?」  いつになく真面目な顔で蓮はテーブルの向こう側にキチンと正座している。  ソファーに腰掛けていた私は、そっと降りてテーブルを挟んで蓮の正面に正座した。 「今から僕が話すことは冗談でもなんでもない。だから碧も真剣に聞いて答えて欲しい」 「えっ? どういうこと?」  いったい何を話そうというの。 「何から話せばいいかな……。僕は江崎 蓮、二十八歳」 「それは知ってるけど」 「うん。美容師をしてた」 「それも知ってる。取材で知り合ったんだから」 「僕の家は美容業界では、ちょっとは有名な会社をやってる。江崎啓子は僕の母で……」 「えっ? 江崎啓子?」 「うん。僕は二男で家の学校を卒業して美容師になった。で、母の考えもあって、青山の美容院で修行をしてカリスマヘアアーチストと呼ばれるようになった」 「オーナーは知ってたの? あなたが江崎一族の二男だってこと」 「オーナーは母の教え子だから当然知ってたよ。でも店の従業員は誰も僕の家のことは知らない」 「じゃあ、お店をクビになったのは?」 「あぁ、あの有名なマダムのご機嫌を損ねたのは事実。でもクビにはなってない。良い機会だから辞めさせてもらった」 「良い機会って?」 「母から、そろそろ帰って来るように言われてたんだ。会社の方を手伝って欲しいって」 「それって役員としてっていうこと?」 「まあ、肩書きは常務取締役になると思うけど」 「蓮が常務?」 「でも仕事は、とりあえず家の美容学校で教えることになる」 「そうだったの。驚いた……。じゃあ帰る家はあるんじゃないの」 「うん」 「何でここに居るの? 行く所ないなんて嘘ついて」 「碧の傍に居たかったから」 「はぁ? だって私たち恋人でも何でもないし……」 「うん。今は何でもない。僕は、ただの居候だから」 「だって……。半年もここに居たのに……」 「僕が何もしなかったのが不満?」 「そんなこと言ってないでしょう」 「僕は碧のことを大切にしたかったから。いいかげんな簡単な男だと思われたくなかった」 「…………」 「両親に会ってくれないか? もう碧のことは話してある」 「えっ? そんなこと急に言われても……」 「ごめん。碧にとっては急だよね。でも僕は半年間ずっと考えてたことなんだ。碧と結婚したいと思ってる」
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