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あれはファンタジーなんだと思う。
学生時代に偶然親しくなった友人と、社会に出ても繋がっていて、そして3人組とかでいつも飲んであるいて、馬鹿やったり騒いだり、時には恋バナしたりなんていう、友達関係、俗に言う親友。
これは映画やドラマやアニメや小説の中にだけある、これはファンタジーだと思う。
仕事が上手く行かない。
そもそも学業が上手く行っていなかった。
うまく言えないけど、人付き合いもそんなに得意ではない。一人で静かにしている方が好きだ。
だからってわけじゃないけど、友達が一人もいない。
そんな自分の人生を支えているのが、魚釣りだ。
何も上手く行かない日は決まってこの防波堤に来る。
そして釣り糸を垂らす。
何も釣れない日も多い。
だけど真夜中の釣りは最高だ。
真っ暗闇で何も見えなくなる。
その酷い暗闇がとても好きだ。
暗闇を見つめていると、何もかも忘れる事ができる。
最高のデトックスだ。
デジタル機器なんて全部電源を切って、暗闇を見つめる。
そして、そのまま吸い込まれる…吸い込まれる…
気が付くと病院のベッドの上に居た。
泣きじゃくる母親の顔が見える。
点滴の管。体のアチコチに管が刺さっている。
集中治療室か・・
おぼろげに、昔見たドラマの映像がフラッシュバックする。
「あんた、海に落ちたのよ!!それをたまたま側にいた救急救命士の人が助けてくれて、警察とか消防とか一杯来てくれて、なんとか助かって!」
泣きはらした目。
手に握り締めたヨレヨレのハンカチ。
母親は一度部屋の外に出される。
再び意識を失う。
そして目を覚ますと、入院病棟の一室で寝かされていた。
壁には、釣り竿が立てかけてある。
そうだ、あの日釣りに行って、吸い込まれるように海に落ちたんだ。
それを誰かが助けてくれて。
生きている。
3日後、病院を退院して、帰宅する。
病院から持ち帰った釣り竿を、部屋の中で立てかける。
ベッドの上に横になる。
幸いどこにも外傷も無いし、障害も負っていない。
無傷である。
母親はパートに出かけたままだ。
何もかもが希薄な時間。
遠くで電車の走る音がする。
いつもの自宅に戻って来た実感がある。
仕事をやめてから何か月も経過した。
母親は文句も言わず、自分の税金を支払い続けた。
会社の上司と喧嘩しての退職だった。
あれはどう考えても老害。
老害によるパワハラ。
パワハラ被害で訴えてやる。
そんな事を沸々と煮えたぎらせながら、現実逃避で釣りに赴いた。
それが良く無かった。
「死にかけたのに・・まだ生きろということか」
無駄に運のよい自分自身に腹が立った。
あのまま死んでも良かったのだから。
メールを見ると同窓会のお誘いのメールだった。
「また、あいつか。」
思わず口走る。
アイツの考え方や生き方、身長や体形、口臭や癖について、なにもかもが全部苛つく。なんで未だに付き合っているかわからない。
「偉くなったからって、自慢会かよ。」
仲間内では一番最初に管理職の肩書を手にした男だ。
スマホをベッドに放り投げる。
仰向けに天井を見る。
「死の淵から生還した男の話でも聞かせるか」
電話の通話を始める。
メールを送ったばかりだから、すぐに電話には出るだろう。
1年ぶりの再会の約束をするのには、1分もかからなかった。
(終わり)
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