第二話 真帆と数学

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「皆さん、明日から期末の考査週間に入ります。ロッカーに置いている教科書は徐々に持ち帰って下さいね」 嫌な響き。 この前中間考査の再試を受けたばかりなのに、もう期末なのか。 教室も私の心もざわめいていた。 放課後、有紗は足早に部活へ行った。 どうも有紗が片思いしている青見先輩が練習相手を探しているとか。 「青見先輩の相手になりたい! 接点が欲しい!」 相手って…空手だからパンチやキックを受けるっていうことでしょ? それで良いの? 好きな人と関わりを持てるなら、どんな状況でも嬉しいのかな。 私には分からない、その感情。 だけど、有紗が恋をしてキラキラしているから、それで良いのかもしれない。 「藤原さん」 「…ん?」 廊下の方から私を呼ぶ声が聞こえた。 早川先生が手招きをして私を呼んでいる。 「え、早川先生?」 手には大量のプリントがある。え、何それ…。 「藤原さん、こんにちは」 「こんにちは。どうしたのですか」 「ふふふ」 プリントを1枚ずつ(めく)って私に見せてくる。 これ全部、数学の問題だ…!! 「え…嘘でしょ…」 「テスト範囲の分を用意しました。これで対策をして下さい。解説はまた補習の時にしましょう」 「いやだから、何で補習する前提なのですか!」 少しだけ微笑んでいる早川先生。もしかして、私の反応を楽しんでいるのでは? 「これをお渡ししたところで、藤原さんが赤点回避出来るとは思っておりませんから」 ただ、少しでも足しになれば。そう言って私の手の平に置いた。 「では、健闘(けんとう)を祈ります」 「えぇ…」 赤点回避出来ると思っていないのに健闘を祈るのかよ。 意味が分からない。 そもそも。テスト前くらい赤点の話しないで欲しい。 一応、それなりに頑張っているのだから。 「…はぁ」 残された大量のプリントたち。やるしかないよね。 溜息をつきながら鞄に入れて、とりあえず持って帰ることにした。 その後、他の科目と並行して真面目にプリントにも取り組んだ。 (ほとん)ど解けなかったが、それは私も想定内。 解答を見ながら必死に取り組んで、貰ったプリントは赤ペンで真っ赤に染まった。 ただ1つ、想定外だったのは。 その解答に早川先生が手書きで、解き方を詳しく書いてくれていたことだった。 「いやぁ、それは早川先生の愛だね」 「…愛?」 テスト前日の昼休み、私は有紗に早川先生からもらったプリントを見せていた。 「普通そこまでする?」 「さぁ…しないけど…愛は違うと思う」 私の為に用意してくれていたのか、それともテンプレートとして存在しているのか分からない。 「ところでさ、有紗の方はどうだったの? 青見先輩の件」 「良くぞ聞いてくれました!」 有紗は立ち上がって拳を握りしめた。 「何と…何と。相手してもらえませんでした~」 「えぇ」 握りしめた拳の力を(ゆる)めて分かりやすく脱力した。 「私、空手の有段者だけど。女の子じゃダメだって」 有紗はしょんぼりして悲しそうな表情をした。 「それはあれでしょ、女の子を蹴ることなんてできないという青見先輩の優しさじゃない?」 「そうなのかもしれないけど! 私にだって黒帯としてのプライドがあるからさぁ…。先輩の素晴らしい練習相手になる自信くらいあるわ!!!」 有紗の悲しい部分ってそこなのか。 『接点を持つ為に組手の相手になることを断られた』ことではなく、『私も黒帯なのに相手になることを断られた』ことの方が悲しいのか。 いつの間にか『女の子の的場有紗』から、『空手家の的場有紗』になっている。少なくとも、有紗のことを『女の子』として見ているのは良い事だと思うのだが…そこは黙っておこう。 「悔しいからさ、青見先輩が私を練習相手にしてくれるまで、より一層部活を頑張るよ! ()()!」 「お…押忍…?」 有紗の初めての片思い。やっぱり恋より空手の方が上にあるんだね。 恋が空手を上回る日が来るのかな。 来て欲しいな…。  
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