第二話 真帆と数学

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<伊東と空手>   翌日、数学科準備室に行くと早川先生が入口で待っていた。 「おはようございます。藤原さん」 「おはようございます」 「今日も勉強頑張りましょうね」 早川先生は素敵な笑顔を浮かべた。 まるで昨日、何も聞いていなかったかのような雰囲気。 「おはよーございます」 「…おはようございます」 「……」 私が来て直ぐに伊東も入ってきた。 真っ先に伊東から視線を感じたような気もしたが、目線を向けないように下を向く。 空気が重く、少し気まずい。 早川先生は、伊東と私を交互に見て溜息をついた。 「………藤原さん、今日は違う部屋で勉強しましょうか」 「え?」 「荷物を持って、僕について来てください」 そう言って無理矢理、私を数学科準備室から連れ出した。 「………」   伊東は自分のデスクに鞄を置いてそのまま固まっていた。 早川先生は空き教室がある棟に向かって歩き出す。 多分…気を(つか)って部屋を替えてくれたのだろう。 「…全く…見てられません」 「え?」 「…あ、ごめんなさい。独り言です」 早川先生はこちらを見ずに返答だけする。 特に会話も無く、目的地へと向かった。 空き教室棟に入ってすぐの教室前で止まった。 早川先生は慣れた手付きで鍵を開ける。 鍵を持っていたということは、最初からここへ来る予定だったのかもしれない。 「今日はここでやりましょう」 机を縦に3つしか並べることができないくらい小さな教室。 空き教室が並ぶこの棟には、教師も生徒もなかなか立ち入らないため基本的に人気(ひとけ)は無い。 早川先生と2人、静かな時間が流れた。 補習が始まって2時間が経過した頃。 やはり、私の頭はショートしていた。 「もう無理…」 「お疲れ様でした。今日も頑張りました。ここで終わりにしましょう」 「ありがとうございました」 早川先生に向かって一礼をすると、先生は微笑んだ。 「藤原さん。貴女は賢いです。伊東先生がつまらないことを言いますが、決して気にしないで下さい。貴女の数学教師は、僕ですから」 早川先生は優しい笑顔を浮かべて扉を開けてくれた。  
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