第二話 真帆と数学

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数学科準備室を出て、昇降口に向かって歩く。 今日も吹奏楽部は練習中なようで、楽器の音色が校舎内に響いている。 「そういえば、空手部はやっているかな?」 現在11時過ぎ。有紗に会いたいと思った。 時間もあるし、私は武道場へ向かってみることにした。 「……あれぇ、はずれか…」 武道場には誰もいなくて空っぽだった。 空手部はいつ練習しているのだろう? 「有紗に連絡して見よ~…」 今日は家に帰ろう…そう思いUターンをした瞬間、誰かにぶつかった。 「うわっ」 「ん?」 「え…」 ぶつかったのは…伊東だった。 何でこうも私の行くとこに現れるのか。 早川先生が気にかけてくれたのに、意味無かったなぁと心の底で思う。 「藤原…補習終わったのか? どうしたんだ…」 「先生こそ。こんなところにいるなんて」 そう言いながら目線を上げると…伊東は空手着を着ていた。 「え、なんで? 先生、部活の顧問はしてないですよね」 「うん。顧問はしてない。今年の空手部に全国大会へ出場する生徒がいるんだけど、ソイツの自主練に付き合ってやっているんだ。空手部の練習が無いタイミングでね。俺、こう見えて空手家だからさ」 自慢(じまん)げに胸を叩く伊東。話していると、空手着を着た男子生徒が来た。 「伊東先生。押忍」 「押忍。青見、今日も頑張ろう」 「押忍」 そう言って2人は武道場へ入って行った。 青見…、青見先輩!? あの、有紗が片思いしている先輩!! 短髪で筋肉が程よく付いた体。切れ長の目をしている。 青見先輩、全国大会出るんだ…。凄い人でビックリした。 「藤原、見学してもいいよ」 「……」 武道場の中から伊東が叫んだ。   …正直、伊東のことが嫌いだ。 大嫌い。デリカシーがなさすぎる最低な教師。 なのに、道着を着た伊東がどうしても気になってしまう。 私は武道場の入口に突っ立って、見学をすることにした。 「その前に有紗にメッセージ送らなきゃ」 文章を打ってスマホを仕舞(しま)う。目線を武道場の中に移した。 「青見、アップは済んでいるか?」 「押忍。さっきまでランニングしていました」 「いいじゃん。よし、早速スパーするぞ」 「押忍」 スパー…。知らない単語。 伊東と青見先輩はそれぞれ手にグローブを着けて向き合う。 「お願いします」 「っしゃー」 挨拶を合図にお互いが間合いを取り、距離を保つ。 先に攻撃をしたのは青見先輩。左手でパンチを繰り出し、その流れで右ハイキック。 しかし、伊東の頭には当たらない。 伊東はハイキックを避けて右ローキック、左ミドルキック。 ジャブを繰り返して、最後右ハイキック。その蹴りは青見先輩の頭にヒットした。 「っつ!!!」 「はい終了」 「…押忍。ありがとうございます」 「休憩」 青見先輩はタオルで汗を(ぬぐ)って飲み物を飲んだ。 凄く短い時間なのに、汗が()き出している。 「伊東先生、今日は動きが早いです」 「ハハッ。見られていると、気持ちが(たかぶ)っちゃった」 そう言って伊東は私の方を見た。 汗が噴き出している青見先輩とは反対に、何だか涼しい顔をしている。 「藤原、どうだった?」 「…迫力(はくりょく)がありました」 「そうだろ! また気になったら見に来てもいいよ」 「……気になったら来ます」 私は荷物を持って一礼した。 「お邪魔しました。帰ります。お2人とも頑張ってください」 「押忍」 「お疲れ。気を付けて帰れよ」 伊東に向かって軽く会釈(えしゃく)をして、足早に武道場を後にした。 伊東の新しい一面を見た。 有紗から空手の有段者だということは聞いていたが、実際に姿を見ると本当なのだと実感する。 正直、空手をしている伊東の様子は…かっこよかった。 本当に、単純な私。 嫌いなのに、かっこいいと思ってしまう自分に呆れる。  「あ、有紗からメッセージだ」 さっき有紗に連絡したのだった。今日学校来る? と。 『今日は昼から部活! 真帆は今学校にいるの? 私、駅前にいるんだけど、どこかでランチしない?』 「ランチいいね! 有紗と話したいこといっぱい! 私は今から学校出るところだから、駅前のカフェに集合しよ」 『おっけ!』 私はスマホをしまって、カフェへ向かって歩き出した。
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