第三話 2人の数学教師

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それから数日後。 返却された数学のテストは案の定、赤点だった。 また補習コースだ。 「なぁぁんでやねん!!」 「想定内でしょ!! 早川先生にも言われているじゃない」 「いやそうなんだけども。また補習が私だけなのが気に入らないわ」 今回もまた赤点は私1人。 何で他にいないの? 皆の頭の中はどうなっているんだ!! 「仕方ないよ。真帆が数学できないのが悪いんだから」 「…うーん、まぁ…そうなんだけどさぁ…」 もう1人くらい補習仲間がいてもいいのに。 「もう数学嫌だよ…」 「私も数学は嫌だよ。真帆だけじゃない!」 有紗は自分のテストを(めく)って見せてきた。31点!? 惜しい! あと少しで赤点だったのに! 「有紗、私が数学できないのが悪いって言ったけど、有紗も数学出来ないじゃん!」 「ふふふ。でも31点だから。補習は30点以下だからクリアだよ。ふふっ、真帆より数学は出来る!!」 ドヤッと腰に手を当てて私を見下ろす。 まぁ、そうね…。補習無いものね…。 「真帆は28点だから…」 「ああああああああ言わないでえええ」 高校生活は本当に数学に殺されそうな勢い。 補習しても赤点を回避が出来ない私。どうなっているの…。 「いらっしゃいませ。藤原さん」 「こんにちは」 放課後は数学科準備室。 ここに通うことにも慣れてきていた。 「最早ココの常連だな。何回も来る生徒はそんなにいないよ」 カッチーン。 またいつも通りの伊東。ていうか過去のこと許してないのに普通に話しかけてくる事にイラッとする。 あの時の授業中の伊東はどこ行った? 「別に先生には…」 「伊東先生は黙っていてください」 私が反論しようとすると、早川先生が声を(かぶ)せた。 「伊東先生、この後会合でしょう。早く出て行かれてはいかがですか」   早川先生は一切伊東の方を見ずに言葉を掛ける。 伊東は早川先生を見ながら頭を掻いて立ち上がった。 「言われずとも。そのつもりだが」 「………」 え、何この空気。 重苦しい空気。今までも別に良い空気だった訳では無いが、悪化している気がする。もしかしてこの空気の原因って私…? 「藤原、またな」 伊東は私の方に微笑みながらそう言って、数学科準備室を後にした。 「え…」 早川先生は小さく溜息をついて私の方を見た。 「伊東先生のことは気にしないでください」 …いや、気になるし…。 伊東というか、2人のやり取りが気になる。 「あの…早川先生と伊東先生は仲が悪いんですか? それとも私のせいですか?」 そう問うと、早川先生は目を見開いた。 「藤原さんのせいでは絶対ありません。絶対違います。数学教師には変わり者が多いのです。それ(ゆえ)に反発することも多いです。この学校の数学教師は僕と伊東先生だけですので、本音は仲良くしたいんですけど。まぁ、性格も違うので、余計に…」 そう言いながら近付いてきて、早川先生は私と目線を合わせて頭をポンポンしてきた。 自分のことも変わり者だと思っているのかな。そんなどうでもいいことが少し気になる。 「僕は何より、藤原さんを傷つける伊東のことが許せないです」 「……」 冗談かと思い笑い飛ばそうとしたが、眼鏡の奥に見える早川先生の目が本気で言葉が出なかった。 「本当にあんな人、気にしなくていいです。藤原さんは自分のペースで数学の勉強をして下さい。補習は嫌かもしれませんが、僕は藤原さんが理解するまでいくらでも付き合います。というか…藤原さんだから。僕に数学を教えさせて下さい」 早川先生は(ひざ)を伸ばして窓の方に向かう。そして眼鏡を外しながら振り返った。 「さぁ、今日の補習を始めましょう」 眼鏡を外した早川先生の目は力強く、しかしそこから優しさが(にじ)み出ていた。   
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