第三話 2人の数学教師

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次の日。安定の中庭で有紗と昼休みを過ごしていた。 「今日の真帆は一段と死にそうな顔しているね」 「そうなの。でも私のことは良いの。有紗と青見先輩のイチャイチャ聞かせて」 「どうした急に!!!」 昨日から色々考えすぎて脳が死んでいる。そして考えすぎた結果、『考える力』を失った。 「ラブラブなお話が聞きたい」 「いや…ラブラブと言っても、全国大会までもう少しあるからさぁ。まだ何もないよ? 一緒に登下校して、ちょっとチューするくらい?」 有紗は目を閉じて照れながら言う。 素敵だなぁ。良いなぁ。 「幸せそうで良かった。初心(うぶ)なカップル、最高だね!」 今日のランチは2人ともサンドイッチ。私は手に持っていたサンドイッチにかぶりついた。幸せな話に、食事が進む。 うん、美味しい! …美味しくて、食は進むんだけど…。 「え、ちょっと待って!? 何で泣いているの!」 「分かんない…」 溢れるように涙が出てくる。泣くつもりなんて全然無かったのに止まらない。鼻が詰まってサンドイッチの味も分からなくなる。 「……真帆。何があったか話しなさい。その死にそうな顔も関係しているんでしょ。私たち親友じゃないの」 「うん…」 私は有紗に昨日のことを話した。 補習の前、伊東と出会って自分の思いをぶつけて傷付けたこと。 そんな伊東が悲しそうな表情をして去り、廊下で会っても声を掛けてこなかったこと。  早川先生も伊東に怒って、私を守ってくれたこと。 早川先生が私に数学を少しでも得意になって欲しくて、いくらでも付き合ってくれると言ってくれたこと…。 「私はただ、数学ができなくて補習を受けているだけなのに。伊東が話しかけてきて私だけを馬鹿にするような態度が気に入らなかった。だから昨日思いをぶつけて楽になれたのに…その後の伊東の悲しそうな表情が頭から離れない。私が伊東を傷付けてしまったんだよ。あと、早川先生だよ。私を守って味方になってくれたのは心強かった。だけど、どうも違う気がする。先生が生徒を守るため以上のものを感じてしまうの。そこまでするかな。2人のことが分からないし、私の心も全然分かんない…」 上手く言葉がまとまらない。自分でも無茶苦茶なことを言っているのが分かる。 有紗は食事の手を止めたまましっかり話を聞いてくれていた。 「真帆、ごめんね。昨日『早川先生も気があるかも』とか言って。真帆がそんなに思い悩んでいたこと、知らなかった」 有紗は深く頭を下げた。 そんなことない。有紗は何も悪くない。 「有紗は謝らなくていいよ。この出来事、有紗と話した後だし」 「でもね、ごめん。真帆から話を聞いた感じだと、やっぱり伊東先生も早川先生も気があるんじゃないかと客観的には感じるよ。茶化しているわけではなくて、本当にそう感じる。伊東先生は好きな子をイジメたくなるタイプ、早川先生は必要以上に手を掛けてしまうタイプなんじゃないかな」 「………」 真剣な有紗の表情に何も言えなくなる。 分からない。仮にそうだとすると、益々分からない。 「…でもさ。私、2人の先生から好かれるようなこと。何もしていないよ」 「2人の得意な数学が、真帆は壊滅(かいめつ)的に不得意。出来ない子が可愛く見えるとか?」 「そんなの…これまでもそんな生徒絶対いたはずよ」 「そりゃ居ただろうけど、やっぱり真帆は先生受けするタイプなんだと思う。気になるんだよ。重村先生と同じ」 いや、重村先生…。名前出すな…。 その名前を聞くと穴に入りたくなる。 有紗は真正面を向いたまま、ジュースを一口飲んで言葉を継いだ。 「でもさ、真帆をここまで追い込んで悩ませる教師2人さ、友達として許せないのだけど。回し蹴りしてきても良い? ボコボコにしないと気が済まないよ」 真顔でそんなこと言うから思わず笑ってしまった。 「伊東は良いよ。でも有段者の有紗が早川先生に回し蹴りしたら犯罪になっちゃうかも」 「大丈夫!! それは無い!!」 有紗は目の前にパンチを繰り出して立ち上がる。その時、予鈴が鳴った。 「あ、昼休み終わりだ。お昼完食していない~!!」 有紗は手に持っていたサンドイッチを急いで口へ運ぶ。 「ごめんね、私のせいで」 「全然真帆のせいじゃないし!」 私は手鏡を出して顔を確認する。 泣いてしまったせいか…目が赤く腫れている。これでは泣いたのがバレバレ。 「ねぇ、有紗。次は体育よね? …ごめん、この顔じゃ授業参加できないから休むね」 「え、休む? 待って、真帆1人じゃ心配だから私も休む」 「いや大丈夫だよ。保健室行っているから。先生に伝えといて」 「えぇ、そう…? 了解…」 有紗は心配そうに私を見ながら教室へと戻って行った。  私も残っていたサンドイッチを急いで食べながら考えた。 うーん。 やっぱり、保健室に行くことはやめとこうかな…。 少し考えた結果、保健室に向かわず、早川先生と補習をした空き教室が並ぶ棟へ向かうことにした。 「ふぅ。……よし」 涙が出たおかげで、少し心が楽になった気がした。  
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