第三話 2人の数学教師

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<それぞれの思い> 数学科準備室を後にした私は、静かに教室に戻った。 次は国語か。体育を終えた同級生たちは暑そうに下敷きで(あお)いでいる。 「あー! 真帆ちゃん、大丈夫?」 「体調悪いんでしょ? 無理しない方が良いよ」 優しい同級生たちが私を見つけて声を掛けてきてくれる。 「ありがとう。もう良くなったよ!!」 同級生たちに向かって笑いながらガッツポーズをする。 有紗は…教室にいない。まだ戻ってきていないのかな? 私は席に座って国語の準備を始めると、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。 「うぉぉぉぉ真帆!!!」 「え!?」 そんな声と同時に有紗が教室へ飛び込んできた。 体操服姿の有紗はそのまま私に飛びつく。 「真帆、戻りが早かったね!! 授業終わって保健室に寄ったの!」 「あ…」 有紗に保健室行くって言ったんだった。 「…ごめん…」 言葉を継ごうとすると、有紗が私の耳元で(ささや)いた。 「良いよ、言わなくて。保健室に行ってなかったことは誰にも言わないから」 「あぁ…ごめんね、有紗」 今日はゆっくり話す時間が無いけど、明日また話を聞かせてね! そう言って有紗は離れた。 「着替えなきゃ~」 有紗が制服を持って更衣室に向かおうとすると、国語の先生が入ってきた。 「はーい。そろそろ授業始めますよ、準備して下さい。ていうか的場!!! まだ体操服じゃない!!」 「え!? 本鈴鳴った!?」 「あと30秒!」 「えぇ!!」 先生は本を有紗の方に向けながら一言。 「30秒では間に合いませんので、今日はそのまま授業を受けなさい」 その言葉を聞いて教室から笑いが巻き起こった。 「えぇー恥ずかし!! 着替えさせてよ!」 何て言いながら国語の教科書を取り出して席に着く。 ごめんね、有紗。本当に良い友達だ。 有紗には今日の出来事をちゃんと話そうと心に決めた。 「藤原さん。いらっしゃいませ」 「こんにちは」 今日も変わらず補習。私はいつも通り数学準備室へ向かった。 さっき鍵を返しに行った時の早川先生の険しい顔を思い出すと、少し緊張する。 部屋を見回す。どうやら伊東はここにいないようだ。 「伊東先生なら今日は会合があるので、もう出掛けましたよ」 「え…」 早川先生は私の心が読めるのか。そんな言葉に心臓が飛び跳ねた。 きっと、早川先生は(さっ)している。伊東と私に…何かあったこと。 「藤原さん。補習を始める前に聞くのですけど、伊東先生に何かされました?」 直球過ぎる質問。真っ直ぐこちらを見てくる早川先生の視線が怖くて、私は少し視線を外す。 「いや…別に。何かされたとかはないです…」 「昨日謝罪もせずに逃げたところまでしか僕は知りません。それなのに先程の2人の会話。第一、どこの鍵を借りていたのですか? 僕には繋がりが全く見えません」 ただ数学の補習を行うだけの先生なのに、そこまで聞く必要ある? 深入りし過ぎだと感じるが、そう言える雰囲気でもない。 「……まぁ、そうですね…。あの、簡単に言えば…今までの謝罪をしてもらいました。いつまでも怒っている理由も無いので許したのですけど…」 そう言うと、早川先生は腕を組んで下を向いた。何だろう、何か考えているような表情。 「…先生?」 早川先生は少し黙り込んだ後、突然パッと顔を上げた。 「ふふ。そうですか。分かりましたよ」 そう言って手をパチンと1回叩く。 「はい。では、数学のお勉強を始めましょうか」 早川先生は自分の机に置いてあるプリントの束を手に取って持ってきた。 先生の表情からは感情が読み取れない。 何だろう…この違和感。早川先生も、本当に何を考えているのか分からなく感じる。 その後、補習が始まってからの早川先生はいつも通りだった。
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