第二話 真帆と数学

3/14
前へ
/91ページ
次へ
<初対面> 放課後になり、生徒たちが教室を出て部活動へ向かう。 いつもなら帰るところだけど、今日は数学科準備室に向かわなければならない。 早川先生の補習が待っている。 「有紗、今日も部活頑張ってね」 「ありがとう。真帆こそ補習頑張ってね!」 武道場に向かう有紗と途中で別れ、その後重い足取りで数学科準備室へ向かった。   初めて踏み込む場所。数学科準備室と書かれた部屋の前に着いて、軽く深呼吸をする。 「…はぁ」 緊張しながら部屋のドアを開けようとすると、後ろから声がかかった。 「こんにちは」 「わっ!!!」 急に聞こえてきた声にビックリして体が飛び跳ねる。 「そこまでビックリしなくて良いじゃん」 その声の主は早川先生…では無く伊東先生だった。 私の心臓は一気に心拍数を上げ、顔が火照ってくる。 「な、何で伊東先生がここに?」 「えぇ? ここ数学科準備室。俺は数学教師。それだけ」 そうだった…すっかり忘れていた。伊東先生も数学教師なことを。 「あれ? もしかして君が全学年で唯一、数学で赤点と取った藤原さん?」 「え?」 ちょっと待って。 え? 全学年で唯一赤点? 心臓は落ち着きを取り戻し火照りが一瞬で治まる。さらに全身の血の気がどんどん引いていくのを感じた。 「話には聞いていたけど、真面目そうな見た目で赤点なんて、やるぅ~」 伊東先生は数学科準備室の扉を開けて私に手招きをした。 「まぁ中に入りなよ」 「…失礼します」 全学年で唯一? みんな賢すぎない? 自分が赤点なのは想定内だが、赤点1人だけなのはかなりショックだった。ていうか何で伊東先生が知っているのだろう?と思ったけど、伊東先生は数学教師だったことを思い出す。すぐ忘れるくらい、伊東先生に数学のイメージが無い。 数学科準備室に入りまずは部屋を見渡した。普通教室と同じくらいの広さだ。 教員用デスクは準備室の奥角にそれぞれ1台ずつ窓に向かって置いてある。そしてその真ん中に生徒机が2台、教員用デスクと同じように置いてある。 手前の方には来客用の応接セットが置いてあるが、机の上には数学関連の書籍が散らばっていて使用している感じは無い。 伊東先生は右奥のデスクに座り、私には生徒机に座るよう促す。 右奥のデスクはプリントや本が雑然と山積みになっている。それに対して左奥は綺麗に整頓されているようだ。あちらが早川先生のデスクだろうか…。 普通向かい合うように机を置くと思うのだけど、ここの部屋は2人とも窓に向かってデスクを配置している。早川先生と伊東先生は仲が良くないのだろうか。そんなところまで推測してしまう。 「…」 しかし…落ち着かない。伊東先生は私の事を知らないだろうけど、私はずっと見ていたから特別な思いだ。 ゆっくりと伊東先生の横顔を見る。やっぱりカッコイイ。 この見た目なら女子生徒に囲まれるよな…と思っていると。 「なんか、見てる?」 顔を俯かせながら視線だけこちらに向けてきた。 「え、いや。全然見ていません」 ガン見していたかな…。 そう後悔していると、伊東先生は意地悪そうな表情をした。 「何か、目線が刺さるね。その目さぁ…武器やん。なんか目だけで俺をあの世送りにしそうな勢い」 「え?」 一瞬伊東先生が何を言っているか理解できなかった。 目であの世送りにしそう? 「な、なにそれ!!!」 それって侮辱されているっていう認識で良いのか? 伊東先生は変わらず意地悪そうな表情をしていた。 「藤原さん、お待たせしました」 「え!?」 早川先生が準備室に戻ってきていた。 扉が開いたことに気が付かなかった…。 「早川先生、お疲れ様です」 「こんにちは」 伊東先生と私は早川先生に挨拶をする。早川先生は着ていた白衣を脱ぎながら私を見た。 「藤原さん、よくお越し下さいました。早速、補習を始めましょう。最初に嫌な事言いますけど、今回赤点だった方は全学年で1人だけでした」 早川先生は凄く申し訳なさそうな表情と声でそう言った。…既に知っていますよ。 「あぁ…聞きました。伊東先生から」 私がそう言うと、早川先生は伊東先生の方に思い切り顔を向ける。一瞬、何か言いたげな表情をしたが、それを抑えて別の言葉を継ぐ。 「とても簡単な問題だったのですけど、藤原さんには難しかったですかね」 「あれは簡単だと思いませんでしたが…」 テストは決して簡単では無かった。私の数学知識が高校生レベルにまで達していないのだろう。 …少し情けない。 そんな会話を聞いていた伊東先生は急に笑顔になって立ち上がった。 「ハハハッ! 今回のテストが難しかったなら、中学生からやり直した方がいいんじゃない? 高校生になるには少し早かったってことだろ」 お腹を抱え爆笑している。 …え、何? この人。 私はどれだけ勉強しても数学だけはできない。 伊東先生とは先程初めて会話を交わした。初対面の人に何故ここまで馬鹿にされなければいけないのか。 「伊東先生」 「……あ」 早川先生の牽制に伊東先生の笑い声が止まる。 外見だけ見てカッコイイと感じていた自分が、急激に阿呆らしく感じて来た。 伊東先生って、こんな人だったんだ。 早川先生は伊東先生を鋭い眼光で睨んだ後、私の方を向いた。 「…藤原さん。補習、できますか?」 「………できます」 結局その日は1時間補習をして終わった。 早川先生の手元には手付かずのプリントがある。気を遣って早く切り上げてくれたのだろう。そして伊東先生は気付かないうちに準備室からいなくなっていた。出て行ったことすら気付かなかった。 「藤原さん、お疲れ様でした。今日の問題できたから、明日もきっと大丈夫です。伊東先生の言ったことは気にしないでください」 「はい、ありがとうございました」
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加