最終話 先生と生徒

7/14
前へ
/91ページ
次へ
放課後、有紗は用事があるからと急いで帰って行った。 私はやることも無いし…久しぶりに学校内の探検をした。 校舎の中を宛もなく見て回る…。 やっぱり、良いよね。学校という建物! 私はスマホを構え、色々な角度で写真を撮る。 本当に、誰も理解してくれないのが不思議。 学校という場所の魅力。何で皆分からないのだろう? 廊下の窓。机が並んでいる教室。チョークが少し残った黒板…。言葉では言い表せないくらいの魅力を感じる。 私は人がいないであろう場所を選びながら歩き続けた。 「最高だよ…」 わくわくしながら校舎内を見て回っていると…遠くに人影が見えた。 その人影は…私が1番会いたくない人だった。 「…あっ」 「…………藤原…」 ネクタイをビシッと締めて、黒いスーツを見に(まと)った伊東が遠くに立っていた。 「…何で」 私は反射的に反対方向を向いて逃げ出そうとした。 しかしその動きを伊東の声が止めさせる。 「待って。藤原…会いたかった」 悲しそうな声を上げ、小走りで駆け寄ってくる。 「私は会いたくない! ていうか、謹慎中じゃないんですか! 何でここにいるんですか!」 「最後の荷物を回収しにきたのと、俺は離任式出ないからさ。先生方に挨拶をしに来たんだ」 本当に…最後の最後まで、タイミングの悪い人。 それと同時に、本当にこの学校を離れるのだと実感する。 「藤原…なんかもう、色々と申し訳無かった。嫌な思いを沢山させてしまったこと。そして…最後に親友を傷付けたこと。それをずっと謝りたかったから…今日会えて良かったよ」 伊東は深々と頭を下げた後、パッと顔を上げる。 「今更、何言っても信じて貰えないかもしれないけど。俺が藤原のこと好きだったこと。それは本当だった。…というか、今も好きだ。藤原の親友を襲っといて言えた台詞(せりふ)ではないけど…」 「そんなの、困ります。言わないで下さい」 「…早川に怒られるからな」 「そう言うことでは無くて、私怒っているんです。最初のデリカシーの無い発言から、先日のAVの件、そして有紗のことまで、伊東先生に関わること全て!」 伊東は悲しそうな表情をしながら鞄を漁る。中から棒付きキャンディーを取り出した。 「いや、分かっている…。別に俺は、許して貰おうとは思っていないよ。謝罪さえさせて貰えたら。俺はそれで満足だから」 手を伸ばし、私に棒付きキャンディーを渡してきた。 「これ、受け取ってよ。……毒入りかもしれないけど…」 「………受け取れません」 「そう言わずに…。嘘だよ。別に毒とか入っていないから…」 「そういう問題じゃないです………」 いつの日か交わした、既視感のある会話。 数学の補習が始まって間もなくの頃、あの時も廊下でこんな会話をした。お詫びがしたいと、伊東は追いかけて来たんだよね。 そんな私はかっこいい、好きかもとか思いながら、デリカシーの無い発言に怒ったりしていたっけ…。 あの時の淡い感情が(よみがえ)ってきて、自然と涙が零れて来た。 「…私、最低だ」 「………今思えば、初めてキャンディーを渡したあの日から、俺はお前の事が気になっていたんだろう…。ではないと、追いかけてないよな…」 「そんなこと言わないで」 「ごめんな、本当に…」 伊東は再度私の方に手を伸ばしてきたが、首を振って引っ込めた。 「じゃあ、本当のお別れだ。藤原、色々申し訳なかった。そして、ありがとう」 「………」 「会えて、良かった…」 そう言い残して、伊東は数学科準備室の方向へ歩いて行った。 私は涙が止まらず、その場に座り込む。 どうしよう…早川先生にも、有紗にも言えない…。 最低なことをされたのに。 伊東のこと大嫌いなのに。 早川先生のことが大好きなのに。 それでも、心の奥深くに “ほんの1ミリ” でも、伊東を想う心があったのだろう。 最悪。そんな自分に嫌気が差す。 「…本当に、最低…」 何で今日に限って学校内の探検をしたのだろう。 私も有紗と一緒に急いで帰れば良かった。 やり場のない感情が全て涙となって溢れ、しばらく止まることは無かった。 早川先生に、会えない。 複雑な感情のまま、先生には会えない。 3月13日の夜。早川先生から『明日会えませんか?』というメッセージが届いていたが、未読のまま無視をした。 ごめんなさい、先生。 伊東と最後に会ってから日にちも経つのに、今もまだ心の中はモヤモヤとしていた。  
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加