第二話 2人の時間

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<両親> 「お昼ご飯どうしましょうか? 何か買いに行きますか?」 「あ…実は、作ってきたのですけど。出しても良いですか」 「え、手作りですか…! 勿論、嬉しいです」 私は鞄の中からお弁当箱を2つ取り出した。 上がおかずで下がご飯の2段弁当だ。 ダイニングテーブルに向き合って座り、先生はお弁当を開ける。 「おぉ…! 美味しそうです」 少し…緊張する。 定番のから揚げを中心に、玉子焼き、和え物、煮物…。きちんと自分で味付けをしたおかずたち。 先生のお口に合えばいいけれど…。 「真帆さん、いただきます」 「はい」 緊張し過ぎて、先生が食べる様子を凝視する。 「…見すぎです」 そう言いながらおかずを口に運んだ。 頷きながら次々と食べて、飛び切りの笑顔を向ける。 「美味しいです。真帆さん、本当に美味しいです。ありがとうございます」 「良かったです…心配だったので」 私も開けておかずから頬張る。 何度も味見をしたおかずたち。 変だけど。少し愛着が沸く。 他愛のない会話をしながら先生とのランチを終えた。 我ながら悪くないお弁当だったと思う。 料理の勉強をすれば、もう少し良い物が出来るかな? 「真帆さん、ごちそうさまでした。とても美味しかったし、嬉しかったです。今度は僕も料理をご馳走しますね」 心の底から嬉しそうな先生の表情に安心感を覚えた。 本当に嬉しそうな先生…久しぶり。 つい私も嬉しくなって、座っている先生の頭をわしゃわしゃと撫でた。 「…真帆さん?」 「裕哉さんの笑顔が久しぶりだったので、嬉しくて」 「……そういえば、こんなにも嬉しいと感じるのは久しぶりかもしれません」 涙で目が少し潤んでいる先生。頬に触れると一筋の涙が零れた。 「裕哉さん、大丈夫ですか…」 「…すみません」 手で涙を拭うも、次々と零れ落ちた。 「……」 …何だろう。 まだ何か、先生は心の底から苦しんでいる。そんな気がする。 伊東の件や浅野先生の件…それ以外にも何かあるのでは無いかと思う。 「裕哉さん。さっき話してくれたこと以外にも何かあるのではないでしょうか。私に話せることでしたら、お話してください。お役には立てないと思いますが…話すだけでも楽になりませんか」 「…泣き事は、先程までです」 「そんなこと言っている場合ではありません」 先生の耳元で囁くようにそう言うと私の方を見た。 そして、そっと目を閉じて口を開く。 「ごめんなさい、真帆さん。ご心配をおかけします」 「別に…謝ることではありません」 先生は少し悩むように黙り込んだ。 そして、意を決したように小さく消えそうな声を発する。 「…少し、重たい話になるのですが…よろしいでしょうか」 「…はい」 優しく先生の頭を撫でると小さく息を吐いた。 「僕の両親の話です。去年の2月…藤原さんが入学する前、2人が乗った車に後ろからトラックが突っ込み、2人は重度の怪我を負いました」 「……」 「死ななかったのは不幸中の幸いだと思いました。しかし…脳の損傷が酷く、2人とも脳の一部が損傷し…植物状態になり、延命治療で生きているという状況になりました」 あまりにも辛い話に身が縮こまる。 想像を遥かに上回る壮絶な話に、全身が震え始めた。 「死んだ方が楽なのに。お見舞いに行く度、そんな空耳が聞こえてきます。植物状態ですから自発呼吸はしているのです。ただ、意識が回復するかどうかは医者も見当がつかず…何の為か分からないまま、栄養投与等の延命治療をずっと継続して来ました」 度々話題に出た、早川先生の両親の介護。 先生が部活の顧問を免除されていた理由。 1年間。 先生はそんな大変なことを心の奥底に仕舞って、私に笑顔を向けていたってこと? 「そして…1年経った2月。遂に医者に言われました。2人とも回復の見込みは無いからご決断を、と。………酷ですよね、呼吸しているのに。見た目は本当に…寝ているだけなのですよ…」 「……」 「…僕には2人の声が聞こえますから。沢山悩みましたが…それが父と母の思いなのだと信じて、延命治療を中止させました。3月12日の夜でした。…そしてその後、父は2週間後に息を引き取り、母は父の5日後でした。苦しかったし、しんどかったですけれど…2人が楽になれたならこれで良かったかと、思うようにしています」 消えそうなくらい小さな声。 先生の目から静かに零れる涙が止まらない。 「………葬儀等は全て終わり、この春休み中には全て片付きました。2人同時だと大変です。…僕には弟がいるのですが、こいつが海外にいまして。帰って来られなかったので全て僕1人でした。想像を絶するくらい大変で、辛かったです」 自分から聞いといてなんだが、何と声を掛ければ良いのか全く分からない。想像の何百、何万倍も上回る話。 早川先生が顧問から外れていた理由。 この家が広く大きいのに先生1人しか住んでいない理由。 そしてさっきの花壇の話…。 全てが繋がった。 私は…浅はかだ。 先生のこと、何もわかっていなかった。 「先生、私…ずっと先生の傍にいたのに…気付きませんでした。本当に、申し訳ありません…」 「いや…真帆さんが謝ることではありません。言わなかったのは…僕です」 笑顔の裏に隠された、先生の本当の素顔。   私、本当に先生のこと…何も知らない。 「重たい話をして申し訳ございません」 「重たいなんてそんなこと…」 大切な先生のご両親のお話。 重たいなんて思わないよ…。 「…この際なので、僕の両親のお話をさせて下さい」 そう言って先生は両親の話を始めた。 先生のお父さんもお母さんも教師だったみたい。 お父さんは高校の数学教師、お母さんは高校の物理教師。英才教育を受けた先生の将来は教師一択だったらしく、教員試験に受かった時は本当に喜んでくれて嬉しかったと笑顔だった。 厳しくも優しかった両親。 そんな2人からの愛を受けて育ったからこそ、今の先生がある。 先生の話を聞いていると、私も涙が零れ落ちてきた。 胸が痛い。 辛そうに思い出を語る姿に心が苦しくなる。   「2人とも現役だったので、いつか同じ職場で働けることを夢に見ていたのですけどね…」 「………裕哉さんのご両親、お会いしたかったです」 「そうですね。…生徒に手を出したと知られたら殺されそうですけど」 そう言って小さく笑った。
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