第三話 特別な日

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放課後、数学補習同好会の活動はいつも通り行われた。 早川先生は特別何か言ってくるわけでも無く…。 とても普通だった。 まぁ、浅野先生もいるからね。 「ねぇ先生、2人とも聞いて! 今日は真帆ちゃんのお誕生日だよ!!!」 「お、そうなん!? 藤原さんおめでとー!!」 「………………おめでとうございます」 そう思っていたら、有紗が決定的な言葉を投下した。 「藤原さんお誕生日かぁ!! 言ってくれたら何か用意したんだけど!! 数学補習同好会の大切な会員だからね!!」 浅野先生は私の両手を握り、腕をブンブンと振る。 早川先生の表情は…もう言わずもがな。 「あ、有紗…」 私の声のトーンで察して早川先生の方を向いた有紗は、やってしまった! の表情を浮かべ… 「……やば、ごめんなさい」 と、小さく早川先生に謝罪をした。 活動が始まって1時間が経過し、有紗と浅野先生は数学科準備室から出て行った。 その間もずっと真顔だった早川先生。 …機嫌悪い。 部屋に2人…早川先生と私が残されていた。 「……」 「……」 無言!!!! 耐えられない私は、自主勉強用に使用している問題集を取り出した。 「あ、あの…先生。昨日、問題を解いていて…分からなかった問題があるので教えて下さい…」 「……どこですか」 「この、多項定理です」 「分かりました。………これは、展開した時の次の係数を求めよだから…」 表情を変えないまま、説明をしてくれる先生。 「………」 不機嫌だなぁ…。 教師としての先生とそうではない先生が混ざったかのような、複雑そうな表情と声色。 そんな先生を、つい見つめてしまっていた。 「…よって、取り出し方は…5つのものの同じものを含む順列と考えられますので、x2yz2の項は……って。…………藤原さん。聞いていますか」 「…はい」 「嘘つきですね」 先生は大きく息を吐き、問題集を閉じる。 そして机に身を乗せ、そっと唇を重ねてきた。 「…つまり、答えは540です」 「…分かりません」 「それは貴女が話を聞いていないからです」 私の後頭部を抱え、深く舌を絡めてくる。 優しさの中に激しさもあり、脳が溶けそうだ。 「先生、外から見えちゃう…」 「大丈夫です。誰も見ていません」 先生は床に座り込み、私を椅子から降ろした。 向き合うように膝の上に座らされ、強く抱き締められる。 ついばむようなキスを繰り返し、徐々にまた舌を絡める。 その行為が何だか大人な感じがして、体がムズムズした。 キスがこんなにも気持ちいいなんて…。 「真帆さん、お誕生日おめでとうございます。すみません、先程は…浅野先生の方が先に伝えたのが悔しくて…その上、手まで握られていたではありませんか。それが凄く嫌でした…が、こんなの子供ですよね。本当、ごめんなさい」 そんなことだろうとは思っていた。 まぁ、想定内。 「いや、こちらこそ…有紗がまさかあの場で言うとは思わなくて…。有紗には良く言っておきます」 「的場さんも悪気があったわけでは無いかと思いますから、別に構いません。的場さんのことですから、僕が何も言わないことに痺れを切らしたのではありませんかね」 「まぁ多分…そうだと思います」 「……別に忘れていたのではなく、邪魔者がいたから言わなかっただけです」 そう言う先生は、小さく唇を尖らせていた。 「真帆さん。17歳ですね」 「はい。先生は明日、30歳ですか?」 先生の膝の上に座ったまま会話をする。 凄く、居心地が良い。 「…言わないで下さい」 「何故ですか。毎年、年を取れるのは良いことだと思いますよ」 「17歳という言葉の後に30歳という言葉を聞くと穴に埋まりたくなります」 「えぇ、可愛い…そんな先生が好き」 「……ありがとうございます…?」 その後、お互いの誕生日をどう祝うかという話になった。 「本当ならこの後、お祝いをしたいところですが…中間考査の問題を作らなければなりません。もし真帆さんが宜しければ、考査が終わって落ち着いてからお祝いしても宜しいでしょうか? お休みの日に、どこかへお出掛けしましょう」 「ありがとうございます。是非、お願いします。…では、私も同じ日に先生のお祝いをさせて下さい」 「はい、こちらこそお願いします。ふふ、楽しみ過ぎて…年齢を顧みずに浮かれてしまいそうです」 「浮かれた先生、見たいです」 「見せられません」 そう言いながら、お互い手を絡め合う。 先生の大きな手を私の頬に引き寄せて、もう一度そっと唇を重ねた。
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