第四話 先送りしていた事案

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<言えなかったこと> 「そうでした…今日は睦月先生いないのでした」 保健室は電気がついておらず、中には誰もいなかった。 こんな状況でも、それを少し嬉しいと感じてしまった…。 睦月先生と早川先生、仲が良さそうだったし…そもそも、悲しんでいる私を見て微笑んでいた時のことをまだ許していない。 先生は私をベッドに優しく降ろしてくれた。 …全身が痛い。 特に重い一撃を食らったお腹は激痛だ。 「消毒液を探してきます。少々お待ち下さい」 「…はい」 有紗はベッドの足元に鞄を置き、横にあった椅子に腰掛ける。 その目は今も潤んでいた。 「真帆…真帆…」 「有紗、もう大丈夫だから。ありがとうね、来てくれて」 「大丈夫なわけないよ…。そんな血塗れになるなんて、普通じゃ有り得ないから…。取り巻きたちはどんな脳みそしてんのよ…」 「私は神崎くんに興味が無いって、何回言っても理解してくれなかったの。多分、私たちと思考が違うんだよ…」 やばいなぁ。 声を出すだけでも体が痛む。 こんなの、本当に普通じゃ無い。 「真帆さん、お待たせしました」 「…裕哉さん」 いつもの理性がどこかへ飛んでいる私は、学校なのに先生のことを名前で呼んでしまっていた。 先生は消毒液や湿布、ガーゼなどが入ったカゴを持って、ベッドの縁に座る。 そのまま私の顔を見て、強く唇を噛みしめた。 「的場さん、すみません」 「……」 有紗に謝罪をして私を優しく抱き締める先生。 いつもの有紗なら冗談の1つや2つ言うのだろうが、今日は無言で頷きながら涙を零していた。 「ねぇ、真帆さん。僕言いましたよね…。悩みごとは話してくださいと。神崎くんのことで悩んでいたのでしょう。…2年生になってからも言い寄られていたなんて、真帆さん一言も言わなかったから…気付かなかったではありませんか」 優しく、凄く優しく背中を撫でてくれる。 その先生の手は冷え切っていた。 「…ごめんなさい。神崎くんのことなので、言えませんでした…」 「まぁ、そんなところでしょうね。…僕に嘘をついてまで『解決した』なんて言うから。だから、こうなる前に防げなかった。……あのさ、お願いだから…僕には嘘をつかないでよ。何でも話してよ。子供みたいで頼りないかもしれないけれど、それでも…僕を頼って欲しい……。真帆さんを守るのは、僕だ」 先生から敬語が消えた。 それは理性を通さずに出てきた、裕哉さん自身の…心からの叫び……そう感じた。 「…ごめんなさい、ごめんなさい…」 「…大切な人の傷は、もう…見たくないから…」 有紗はタオルで顔を覆って泣いている。 先生も私も、ここが学校だと言うことを忘れて、抱き合ったまま暫く泣き続けていた。
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