第四話 先送りしていた事案

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昼休みはいつも通り有紗と中庭にやってきた。 ベンチに座っているだけでも汗が噴き出すくらい暑い。 「私が休んだ時、有紗はどこで昼を過ごしているの?」 「え、ここだよ! 一人でもここにいる! …寂しいけどね」 まぁ、そうか。 もし有紗が休んだら、私も変わらずここに来るだろう。 「ところでさ、朝の浅野は何だったの!?」 朝の浅野。あさの、あさの。 「ふふ」 「え、何!?」 「ダジャレみたい」 「え、待ってそんなつもりは無かったけれど…本当だ!!!」 有紗はツボにはまってしまったようだ。 笑いが止まらなくなった。 「ハハハハハ!! もう無理だ、顔見たら笑ってしまう!!」 「浅野先生に罪はないけれどね」 面白い。 有紗と一緒にいると本当に退屈しない。 「…藤原さん、的場さん」 「ん?」 「え、先生」 「こんにちは」 早川先生だ。 先生は普通に中庭に来て、普通に私たちの隣のベンチに座った。 そして、手に持っていたいちごミルクを普通に飲み始める。 「え、何で?」 「何故でしょうね」 あまりに普通過ぎて、思わず脳がフリーズした。 …何でここに先生が来たの? 「というか何でここに居ることが分かったの!? まさか、ストーカーしてたんじゃないの!?」 「的場さん、怒りますよ」 早川先生は背中側の校舎に視線を向けて、上を指さした。 「ここの4階。この真上は数学科準備室です」 「え、そうなの?」 …この真上。 え、もしかして。 上を向いたら誰かがこちらを見ていたことがあるが…。 「それって、早川先生だった!?」 「…え、何ですか」 「上を向いたら人が覗いていたことがありました…」 「そういえば真帆言っていたね」 「もしかして、その人って早川先生で…ずっと私たちを上から見ていたってこと…!?」 先生はストローを咥えていちごミルクを飲む。 目を少しキョロキョロとさせた後、小声で言った。 「………お二人の昼休みを観察し始めて、1年が経ちました」 「えぇ!!??」 「うわ!!! やっぱりストーカーじゃない!!!!」 怖い!!! やっぱりそうだったのか!!! 「ストーカーだなんて人聞きの悪いこと言わないで下さい。観察です。…数学科準備室からここが見えること、本当は卒業まで黙っておく予定でしたが…見ていることがバレたなら仕方ありません」 「えぇ………」 早川先生って本当…どこで話を聞いているか分からないし、どこで見ているかも分からない。 あまり変なことはできないな…。 「…で、今日はどうされたんですか」 「あぁ…そうでした。ご報告に来ました。…あの4人、半月の停学になりました。神崎くんは1週間です」 停学…。 まぁ、そう簡単に退学にはならんか。 私1人が殴られたくらいでは。 「神崎くんがすぐに復学するのは癪ですが、神崎くん自身は何もしておりませんからね。仕方ありません。…もし何かあれば、必ず僕に報告することをお約束して下さい」 「…はい、分かりました…」 「あと、今朝の話です。浅野先生とは何をしていたのでしょうか?」 ……あぁ、やっぱり。その話も切り出すよね。 先生の驚いたような表情が、今でも脳裏に焼き付いている。 「…あれは…何で担任の僕ではなくて早川先生に報告したのか、と聞かれました」 「………そうですか。彼もしょうもないですね」 先生は少しズレた眼鏡を押し上げて、いちごミルクを飲んだ。 何か言いたげな表情をしていたが、先生が言葉を継ぐことは無かった。 「ふふーん」 そんな私たちの様子を無言で見ていた有紗は、ニヤッと笑って先生を見る。‬ 「いやぁ、先生。その言い方、何だか彼氏みたいよ?」 「…あ……有紗…」 有紗は何かを企んでいるような笑顔を浮かべた。 先生は無表情のまま有紗をチラッと見て、正面に視線を向ける。 「………」 そして表情を変えないまま、ベンチから立ち上がって小声で言った。 「………彼氏ですけど、何か」 そしてこちらを一切見ずに、そのまま歩いて校舎に戻って行った。 「有紗…あんまり先生を虐めないでよ…」 「いや、ごめん。教師の仮面が取れそうで取れない感じが面白くて」 「…言いたいことは分かるけれど…」 先生、あれかな。 結果を早く報告したくてわざわざ来たのかな。 多分、私の為に頑張ってくれたんだよね。 愛おしいな、先生。 そんなことを思っていると、予鈴が鳴り始めた。 「げ、もう予鈴!?」 「早い!」 「次国語だ、急がなきゃ!」 「あの先生遅刻すると煩いからねぇ~…」 急いで飲み物を飲み干して、校舎の入り口に向かう。 中庭にいた鳥たちが私たちを笑うかのように、大きな声で鳴いていた。
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