第五話 「教師と生徒」以上のこと

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<浅野先生> 「………」 「………」 ある日の数学科準備室。 部屋は…引くほど静かだった。 「え、っと…早川先生と藤原さん、何かあった?」 「……」 今日は軽音部が休みらしく、浅野先生は数学補習同好会を覗きに来た。 私と早川先生は…あれから必要最低限の会話しかしていない。 「浅野先生は教える生徒がいないのですから。ここから出られてはいかがでしょうか」 「いなくても副顧問なんですから、いいじゃないですか」 「………」 無表情な早川先生。 ここまで感情が無なのも珍しい。 浅野先生は首を傾げながら私に視線を向ける。 目が…合った。 「そういえば藤原さん。2学期入ったら文化祭実行委員を決めないといけないんだけどさ。良かったら僕指名ということでやってみない? というのも、文化祭実行委員会の担当が僕なんだぁ」 想像の斜め上をいった浅野先生の言葉。 文化祭実行委員会…そうか、もうすぐ文化祭の時期。 去年は数学の補習に追われ過ぎて、文化祭のことは殆ど記憶に残っていないけれども。 まぁそれ以上に、文化祭に興味も関心も無いが。 体育祭が無いこの学校では、文化祭が一大イベントだ。 「…先生が担当なら、実行委員やる人なんてすぐに見つかりますよ。むしろやりたい人が多すぎて喧嘩になるんじゃないですか」 「いや、藤原さん…分かってないね。やる気が無いのに立候補する人より、藤原さんが良いって僕は言っているんだよ」 「やる気なら、私もありませんけど」 「藤原さんはやる気が無くても、確実に実行してくれると僕は信じているから」 「……」 浅野先生と話していると頭が痛くなる。 しかもこんな話…早川先生がいる横でしなくても良いのに。 横目で早川先生の方を見る。 先生の表情は変わらず真顔だった。 「まぁ、藤原さんが嫌って言っても指名するけど! 僕が藤原さんと委員会の活動をしたいっていうのもあるし!」 いつもの無邪気な笑顔を見せる浅野先生。 ヤバい…直感でそう感じた。 案の定、早川先生は…ドンっと本を強く置いて立ち上がった。 そして浅野先生の前にプリントの束を置いて扉に向かう。 「…浅野先生が出て行かないなら、僕が出ます」 「え、早川先生?」 「後は任せます」 そう言って本当にどこかへ行ってしまった。 「……はぁ」 思わず、大きなため息が出る。 本当、大人気ない人。 どうしようもないくらい、子供みたいな大人だよ…。 「浅野先生。私、ちょっと追い掛けてきます」 「……いや、待って。行かないで」 そう言って、私の腕を掴んだ…。 どうして…こうなるのか…。 最早、意味が分からない。 「…離してください」 「離さない。どうして…早川先生を追うのかな」 「私の顧問ですから」 腕を振ってみる。しかし、浅野先生の力は強く、なかなか振り払えない。 早川先生が逃げるから…。 責任を取ってもらわないと。 「藤原さんと話したかったんだ。担任とは言え、いつでも話せるわけでは無いし。数学補習同好会にはいつも早川先生がいるから」 「………」 「だから僕は、今はいいチャンスだと思っているよ」 目の前にいる浅野先生はいつもみたいにヘラヘラとしていない。 見たことが無いくらい、真面目そうな表情だった。 「……」 もう一度、腕を振ってみる。 それでもほどけない。 「そんなに握られるのが嫌?」 「はい、嫌です。…私は、早川先生を追わなければなりません」 「…何で?」 「顧問だからです」 そう答えると、浅野先生はやっと手を離した。 「神崎くんの件以降、僕は君を気に掛けているんだ。…どうか、それは知っていてほしい」 「………別に、気に掛けて欲しいと頼んでいません」 我ながら、酷い台詞だと思った。 けれど、突き放すにはそのくらいしないと。 浅野先生は無言で固まったまま動かない。 そんな先生を横目に、私は数学科準備室を飛び出した。
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