第六話  非日常がもたらすもの

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<文化祭> 結局、前日準備が終わったのは22時半だった。 言い方悪いけれど、たかが文化祭。 ここまで時間を掛ける必要があったのか疑問に思う。 文化祭のステージイベントが終わり、自由時間となっている現在。 私は1人、会議室に籠っていた。 体育館では軽音部のフリーライブ、駐輪場では飲食物の販売、教室棟では美術部、文芸部の展示や運動部による体験ブースなどがある。 去年は何も役が無くてただ楽しむだけだったが、記憶はあまりない。 簡単に言えば。 文化祭に面白さを見出せない。 それは今年も同じだ。 何だか食欲も無いし、遊んだり見たりする気力も湧かない。 有紗と過ごそうとも思ったが、どこに行ったか分からないし。 「……疲れたな」 昨日、早川先生と一緒に体育館に向かった後、浅野先生に何かを話していた。 そしてその帰り際。 生徒たちが体育館から出て行った後、浅野先生に土下座をされたのだ。 いつもと違う雰囲気に酔っていた…らしい。 そんな教師いるはずがない、そう思ったが…実際目の前にいたし。 何か言いたげな表情を浮かべていた早川先生だったが、無言のまま冷たい目で睨みつけていたし。 …はぁ。思い出すだけで頭が痛む。 悩みなのか寝不足なのか分からないけれど、今日は頭が痛くてしんどい。 「早川先生」 …ん? 窓の外から、早川先生を呼ぶ声が聞こえて来た。 ここ会議室は特別教室棟の1階。 外に目を向けると渡り廊下と中庭が見える。 「………」 渡り廊下の真ん中に立っている早川先生と…………津田さんだ。 昨日まで眼鏡を掛けていたのに、今日はコンタクトかな。 少しだけ短くしたスカートに…緩く巻かれたポニーテール。 文化祭だからか、いつもと雰囲気が違う津田さん。 「………」 不穏だ。 私は身を低くしながら窓に手を伸ばし、そっと鍵を開ける。 そして、ゆっくりと窓を開いた。 「早川先生…」 鳥肌が立つほど甘い声に、脳内を殴られたかのような衝撃を感じる。 「……」 それでも私は見るのを止めない。 しばらく眺めていると、津田さんは唇を噛みしめて…早川先生の胸に飛び込んだ。 「……」 私の胸の中に沸き上がる、嫌悪感。嫉妬心、独占欲。 …本当、文化祭という非日常は、容易に人の理性を飛ばす。 「早川先生…好きです。先生のこと、1年の頃から好きです」 無言のままの先生は、そっと津田さんの肩に手を置いて…体を押し退けた。 「僕は教師です。お気持ちに応えることはできません」 「…嫌です。好きなんだもん…私、先生のことが大好きなの。…2年生になって、先生が担任になって…凄く嬉しかった。けれど、日に日に思いが募って…どうしても先生の特別になりたいって、願うようになったんです…」 ポロポロと涙を零す津田さん。 様々な感情が芽生えてきて、モヤモヤする。 …ていうか、何でこんな場所で告白してんの。 「…津田さん、無理です。お応えできません。…ただ、担任ですから。これからも良い教師と生徒としての関係を築きましょう」 「………っ」 津田さんは先生の体を思い切り押して、走ってどこかに行ってしまった。 「………」 そっと窓に顔を近付け、じーっと先生の方を見つめ続ける。 俯いて頭を掻いていた先生は、視線を感じたのか…こちらを向いた。 「…え、藤原さん?」 「はい」 一瞬驚いた表情をしたが、少しだけ微笑んだ。 そして渡り廊下から出て、会議室の窓に近付いてくる。 室内と室外。 窓を挟んだこの距離感が、今は丁度良い。 「先生、こんなところで何していたのですか」 「…それはこちらの台詞です。今日、特別教室棟は生徒立ち入り禁止ですよ」 「私は実行委員ですから。会議室はOKです」 「………そうでした」 いつになく楽しそうな生徒の声が響く校内。 先生は壁にもたれかかって遠くを見ていた。 昨日と同じく、背広を着ている先生。 袖口から少しだけ覗く腕時計が大人な雰囲気を醸し出している。 白衣より、こっちの方がもっと好き。 「早川先生」 「…………なんか…藤原さんにそう呼ばれると、最近は違和感を覚えます」 「早川先生、好きです…か」 先生の呟きをスルーし、さっきの津田さんの言葉を口にする。 私は経験をしなかったから。 教師に片思いをし、思いを伝えることにどのくらいの決心が必要なのか、全く分からない。 さっきの先生、教師だから応えられないみたいなニュアンスだったけど。 私と付き合っている事実と矛盾するよね。 しかも、先生から思いを伝えてきたのに。 …どうしよう。 ………ごめん、津田さん。 申し訳ないけど、嫉妬を上回るくらい、物凄く優越感を感じている。 「…藤原さん、怒っていますか?」 「怒っていません。さっきの光景を思い出していただけです」 「ちゃんと、お断りをしました」 「知っています。見ていました」 先生の背広を少しだけ引っ張る。 何も言わずに微笑んでいると、先生は周りを確認して、そっと唇を重ねた。 「……何だか、悪いことをしている気がします」 「そうですね。ですが、これこそ禁断の恋の醍醐味です」 醍醐味? 真顔でそんなこと言うから面白くなっちゃって。 「え、馬鹿!!!」 なんて言いながら、軽く先生の腕を叩いた。 「しかし、2日連続で大変ですね。僕らへの試練が多すぎます」 「でも先生。正直なところ、嬉しかったんじゃないですか? 生徒に告白されるなんて」 少し拗ねる感じでそう言うと、頭をチョップされた。 口を尖らせて不機嫌そうな表情をしている。 「怒りますよ。そんなわけないじゃないですか」 「ふふふ」 「笑って誤魔化さないで下さい。確かに、浅野先生のような生徒に囲まれるシチュエーションに憧れはあります。ですが、不特定の生徒に告白されて喜ぶほど愚かではありません。僕には貴女がいますから」 そう言った先生は、耳まで赤くなった。 可愛い。 自分で言って、自分で照れるなんて。 生徒たちの喧騒がより一層強くなる。 自由時間が終わるまで、あと1時間くらいか。 「藤原さん。文化祭、楽しまなくて良いのですか?」 「…良いです。先生こそ、楽しんできて下さい」 「僕こそ、その必要はありません」 穏やかに流れる空気。 腕を伸ばし、先生の腕を引っぱって頬にくっつけてみる。 いつもとは違う非日常に酔っているのは、私も例外ではないのかもしれない…。
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