第七話 2人を繋ぐ物

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<味覚> 駅から遠く、利便性が悪いショッピングモール。 車で来ることを想定した広い駐車場に到着した。 「真帆さん、行きましょう」 「はい」 差し出された手を握ると、先生は嬉しそうに微笑んだ。 「裕哉さんは何を買うか決めているのですか?」 「…いいえ、全くです。お揃い…何が良いですか?」 「何が良いですかね…」 学校でも持っておける物が良い。 アクセサリーは禁止だから、そういうのは難しいかな。 「取り敢えず、何か食べますか?」 「はい」 あてもなく店内を歩き回る。 ゆっくりと雑談をしながら歩いていると、ある看板の前で先生の足が止まった。 「わぁ…」 「どうしました?」 私もその看板を覗き込む。 そこには『レインボーロールケーキ』と書いてあった。 名前の通り、スポンジの部分が虹のような配色をしている。 中にはクリームとフルーツが入っているようだ。 見た目は面白そうだけど、色合いはちょっと…あまり食欲がそそられない。 「これを食べます」 「お昼ご飯より先に?」 「はい。数量限定って書いてありますので」 「本当ですね」 早々にロールケーキを欲する先生。 レジに立ち、メニュー表を見た先生はまた笑顔を浮かべた。 『レインボーロールケーキ』の隣に『メロンパンサイダー』と書かれた飲み物がある。 私の感覚だと、これは無しだが。 先生のその顔を見れば笑顔の理由が分かる。 一般的に微妙だと思われる飲み物は、先生の心にしっかりと刺さる。 この『メロンパンサイダー』も例外無く刺さったようだ。 商品を受け取り、席に着く。 先生はやっぱり『メロンパンサイダー』を注文した。 サイダーの上にミニメロンパンが乗っていて可愛いけれど、美味しいのかな…? 味の想像ができない。 私は無難にモンブランと紅茶にした。 「……」 ニコニコと微笑みながら写真を撮っている先生。 可愛すぎるその光景を、私は写真に撮る。 私が写真を撮っていることに気付いていない先生は、綺麗に手を合わせてから、ロールケーキを一口頬張った。 「…美味しい」 もう一口食べ、次はフォークに乗せたロールケーキを私の方に差し出してきた。 「真帆さん…これ美味しいですよ」 先生の目がキラキラしている。 ……本当、可愛い。 こんなにも愛おしいことある? 授業中の先生からは1ミリも想像できない姿に、思わず頬が緩む。 「…真帆さん、顔がにやけています」 「ふふ、あまりにも愛おしくて…」 言葉を最後まで言わず、差し出されたロールケーキを食べた。 色合いは微妙だが、味は普通のロールケーキと変わらない。 甘さも丁度良くて美味しい。 「美味しいですね」 「……」 フォークを持ったままフリーズした先生は、耳まで真っ赤にしていた。 色々と会話をしながら、ひと時を過ごす。 先生の『メロンパンサイダー』を少し飲ませて貰った。 なんて言うか。 文字通り、メロンパンを食べながら炭酸水を飲んでいるような感じだった。 飲めなくはないけれど、やっぱり好まないかな。 私の口には合わなかったが、先生には どストライクだったみたいで。 怪しげな小さなノートに何かを記入していた。 「それ何ですか?」 「これは、僕の好みだったものを記録しているノートです。『メロンパンサイダー』は書くに値します」 椅子から立ち上がり先生の背後に回る。 ノートを覗き込むと、名前と場所、見た目、感想などが記入されていた。 「カフェオレのカステラ風味も書いてありますよ」 以前、先生が買ってきてくれたカフェオレのカステラ風味。 申し訳ないけれど、私の中では微妙だった。 「裕哉さんの味覚、独特ですよね」 「それは褒めていませんね」 「…はい。理解するのに時間が掛かりそうです」 「そうですか。わかりました。今後、このノートに記録した物を一緒に共有していきましょう。きっと、何かが目覚めます」 「私の味覚もおかしくするつもりですか!?」 「それ、遠回しに僕の味覚がおかしいと言っています」 面白すぎて先生の肩をポンポンと叩く。 少し複雑そうな表情がまた可愛い。 「さて、行きますか」 「はい」 トレーを持って立ち上がり、仕返しのように私の頭をポンポンと叩いた。 先生の行動1つ1つにキュンとしちゃって。 全身の体温が急上昇した。
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