第七話 2人を繋ぐ物

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<授業> 「…真帆ちゃん? 白状しなさい!!」 「え、何を?」 「何をじゃないわよ!!!!!」 昼休みの中庭。 今日も有紗の叫び声が響き渡る。 先生とデートをして3日後の今日。 数学の授業があった。 早川先生の授業以外では既にお揃いのペンを使用していたが、数学で使用するのは初だった。 「…はい、授業を始めます」 いつも通り出席簿を開き、日付を記入する先生。 その手にはお揃いのペンが握られていた。 「………」 その光景だけで、にやけてしまう私。 鞄からタオルを出して緩む口元を覆う。 …無理だ。50分持たない。 席が教室の一番後ろであることを、今日ほど感謝したことは無い。 先生は出席簿を閉じ、教科書を開く。 チョークを持ち、文字をスラスラと書き始めた。 なんだ、先生はいつも通りじゃない。 緩んだ口元を隠したまま、私もお揃いのペンを持ち、ノートに板書を写す。 …他の授業では何も無かったけれど。 早川先生の前だと緊張をしているのか…めちゃくちゃ手が震える。 「sinθ(サインシータ)cosθ(コサインシータ)は直角三角形の長さの比のことです。…sinθは、斜辺 分の 高さ。cosθは……」 そう言いながら生徒の方を向いた先生。 私の方を見て、言葉が止まった。 「……………」 「…先生?」 ある生徒の呼びかけで我にかえる。 「あ、えっと…何でしたっけ」 「コサインは?」 「…そうでした。えっと、cosθは 斜辺 分の 底辺です」 もう一度チョークを握り、黒板に書く。 しかし、1文字目を書いたところでチョークは真っ二つになった。 「先生、大丈夫ー?」 「………」 どう考えても普通では無い先生の様子に、にやけが止まらない。 「……」 先生は自分の頬を両手でパチンと叩き、ズレた眼鏡を直す。 「……はい。で、何でしたっけ」 「今日の早川先生ヤバい…」 生徒たちのざわめきを他所に、先生は冷静を装い教科書を捲る。 有紗だけは先生と私の顔を交互に見ながらニヤニヤしていた。 「あの授業、どう考えてもおかしかったって!! 真帆も口元をタオルで覆ってたし!! 何よ!!」 「…秘密」 「んああああ、私には話してくれてもいいじゃない!!」 有紗は鋭い。そして面白い。 「…ふふ、実は先生とお揃いのペンを買ったの。今日先生も使っていたんだけど、それで私はにやけが止まらなくて」 そう言いながらポケットからペンを取り出した。 このペンだけは筆箱に入れず、持ち歩いている。 「先生と色違い」 「…あ、確かに。今日先生が使ってるボールペンはいつもと違うなぁとは思ってた!!! 深くは気にして無かったんだけど、まさかお揃いだったの!?」 「良いでしょ?」 「うわぁーん、真帆に惚気られているー!!!」 ペンを太陽に向かってかざして見る。 程よい重み。光沢感。先生のイニシャル。 …ダメだ、また口元が緩む。 「けど、良かった。文化祭の件で2人はどうなるかなって思っていたけれど、仲が更に深まっているみたい」 「文化祭の件?」 「浅野先生と神崎と津田さんよ!!」 「…あぁ」 すっかり忘れていた。 文化祭が終わった後は暫く引きずっていたけれど、デートを機に気持ちのリセットが出来たのかも。 「そんなこともあったね」 「うわ、余裕そう…!! どれだけ先生に愛されているのよ!!」 「ふふふ」 先生とは色々あったけれど、それを一緒に乗り越えることで心の距離はますます近付いている気がしている。 「良いなぁ。私、もう恋なんてしないって思っていたけれど、真帆と先生を見ていたらやっぱり良いなぁって思う」 「浅野先生おすすめよ」 「おすすめするなぁ!!! 浅野先生は無いわ!!」 「ふふ、冗談だよ。有紗は大切だから。あんな人とくっついて欲しくない」 「真帆〜…!! 涙が出てくるわ。…その言葉、アナタの彼氏にもちゃんと伝えといてくれる? やけにくっつけようとしてくるから」 「あれは楽しんでいるだけだと思うから、許してあげて」 「はぁ!? 甘いなぁオイ!!!」 そんな私も有紗の反応を見て楽しんでいる1人。 楽しい、本当に。 有紗と早川先生。 2人といると、本当に毎日が楽しくて仕方ない。 中庭に植えられている木々の葉は茶色くなり、風と共に散っていく。 私たちのことを何も知らないトンボは、頭上をクルクルと飛び回っていた。
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