第八話 誰の目にも触れさせたくなくて

2/17
前へ
/94ページ
次へ
翌日、2年2組の数学の時間でテスト返却をした。 緊張をしているかのような藤原さんの表情に、思わず笑みが零れる。 「藤原さん」 「は、はい」 ぎこちなく答案を受け取り、そっと点数を覗く藤原さん。 その瞬間、藤原さんの背中が大きく跳ねた。 「先生、ボーっとしていないで答案ちょうだい」 「あ、保津さん。すみません」 …いけない、見入ってしまっていた。 席に着いた藤原さんの表情は、これ以上に無いくらいの笑顔だった。 「早川先生! 入っても良いですか?」 「…どうぞ」 授業が無い空き時間。 数学科準備室に籠っていると、浅野先生が入ってきた。 「どうしましたか」 「いや、修学旅行のことを少し聞きたいと思いまして!」 「…なるほど」 浅野先生はソファに座り、手に持っていたファイルを開いた。 そのファイルは、以前の学年会議で打ち合わせた時に配布されたものだ。 「3日間、生徒がスキーをしている間、僕らはどう過ごすのですか?」 「……受け持ちクラスの生徒から離れずに監視、管理さえしていれば、あとはゲレンデで突っ立っていても、スキーをしてもよろしいです。ご自由に」 この話、会議の時にしたはずなのに。 何故わざわざ聞きに来たのだろうか。 「なるほど…。ということは…僕が藤原さんと一緒に行動をするっていうのも、自由だから良いっていうことですね!」 「…………はい?」 何を言い出すかと思ったら……。 どうやら僕に喧嘩を売りに来たようだ。 「自由を履き違えない方が宜しいですよ。あくまで教師としての自由です。私情は挟む物ではありません」 「私情ではありませんよ。心配な生徒を気にかけてのことです。まぁ、僕が何をしようが…3組の早川先生には一切関係無いお話でしたね」 「……」 この人…嫌だ。 泣き出すまで叩き倒そうかな。 僕に何を言っても怒らないと思ったら大間違いだ。 「……」 とは言え、超えられないクラスの壁。 2組の浅野先生と藤原さん。3組の僕。 スキー研修では、どうしてもクラスの壁だけは超えられない。 それが凄く、もどかしい。 「…浅野先生」 「ん?」 「文化祭の時のこと、許していませんから。藤原さんと下手に関わって泣かせようものなら、僕が貴方をボコボコにします」 「…泣かせはしません。けれど、ボコボコにすると言うのなら、どうぞって感じです」 「……」 舐められたものだ。 宣戦布告と捉えても良いのだろうか。 「しかし早川先生、東京観光の時は僕と一緒に過ごすのでしょう?」 「…そうですよ。僕とデートをして頂きます」 「良いのですか? 折角の自由行動なのに、藤原さんと一緒にいなくて」 少しだけニヤっとした表情に苛立ちを覚える。 「…良いです。一生に一度の高校生として行く修学旅行ですよ。教師として何度も行く機会のある僕のことは気にせず、純粋に楽しんで欲しいのです。浅野先生は僕と一緒にデートしましょうねって言っているのは、貴方が藤原さんに纏わりつかないようにするための策です」 睨むようにそう言い放ってみる。 浅野先生は真顔になり、小さく溜息をついた。 「早川先生って本当に真面目ですね。生徒たちが面白く無いって言うのも良く分かりますわ」 「はい?」 「それなのに、生徒と付き合っているという事実。アンバランスな感じが儚いです」 「……」 何だろう、浅野先生。 この人、何を考えているのか分からない。 「ますます藤原さんが欲しくなります」 「……馬鹿なことを言わないで下さい。既に僕のものです」 「略奪って言葉、知っています?」 「……知っていますけれど、無理ですね。真帆さんが僕以外の人に心揺らぐことは無いだろうと、自負しておりますから」 「へぇ~…強気ですね」 …なんて、強がってみたりして。 僕らしくない。 「ところで、結局何を聞きたかったのでしょうか」 「………早川先生の、考えです」 そう言い残して、浅野先生は数学科準備室から出て行った。 「……」 分からない。 浅野先生も神崎くんも、どうして真帆さんに拘るのだろうか。 普通、彼氏が居たら諦めないかな。 僕との関係を知ってもなお、真帆さんに関わろうとする2人。 浅野先生にいたっては宣戦布告では無いか…。 波乱の修学旅行になる気がする。 「………はぁ…」 悩ましい。 もし、許されるのならば。 真帆さんを、誰の目も届かない場所へ連れ去りたい。 そんなこと、考えてしまう自分がいた。 (side 早川  終)
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加