第八話 誰の目にも触れさせたくなくて

8/17
前へ
/94ページ
次へ
出発時刻が近付き、クラスごとにバスに乗り込む。 有紗がバス酔いするかもと言うことで、一番前に座った。 「あ、藤原さんと的場さん! 僕の後ろかぁ!」 「げ…」 浅野先生…。 最後に乗り込んできた先生は私たちの前に座る。 その席は1人席。 …そこには誰も座らないだろうと油断していた。 まさか、先生が座るとは………。 「道中楽しみだ!! 宜しくね!!」 「……」 最悪だ……。 有紗が両手を合わせながら口パクで『ごめん』と言っていた。 バスに揺られ、雪山を目指す。 浅野先生は時折こちらを向き話し掛けてくるが、あくまでも担任と生徒、顧問と部員の範囲内。 特に目立っておかしなことも無く、平和に時間が流れていた。 「……」 スマホが振動した。 メッセージの通知…。 確認すると、それは早川先生からだった。 「……」 『暇です。しりとりをしませんか』 「…………………」 しりとり? 何これ、可愛い。 確かに浅野先生も特にすること無く、喋ったりスマホを触ったりして適当に過ごしている。 早川先生もきっと同じ状況なのだろう…。 『何でしりとりですか』 『か…帰りたいからです』 「ふふ…」 質問のつもりだったのに、もう始まっていた。 『スキー嫌です』 『すぐに飽きます』 『することは沢山あります』 『スムーズです』 『スルメです』 「……」 敬語のしりとり。 す、しか回ってこない!! 『す、ばかり嫌です』 『すぐに慣れます』 『敬語やめてください』 『あ、真帆さんの負けです』 「………」 勝ち目のないしりとりに思わず頭を抱えてしまう。 何だろう。これ面白いのか!? コソコソと声を殺すように笑っていると、隣の有紗がスマホを覗き込んできた。 「何、楽しそうにしているの?」 「……色々ね」 そう言いながら有紗に先生とのやり取りを見せる。 一通り見た有紗も、声を殺すように笑い始めた。 「仲良いね」 「そうかな」 その後、怒っているようなスタンプを送ったが、既読にならなくなった。 「さて、みんな! もうすぐ休憩のサービスエリアに着くよ! トイレ行かない人も体を少し伸ばして来てね!」 浅野先生の一言でバス内はざわざわし始める。 …そういうことね。 既読にならない理由。 「真帆、何か買う?」 「私は買わない。外で休憩するだけにしておくよ」 「分かった!」 20分の休憩時間。 大行列のトイレには行かず、私は店の前に設置されているベンチに座る。 有紗はたこ焼きを買いに行くんだ!! と、張り切っていた。 何でたこ焼きなのだろう…。 ボーっと一点を見つめて固まっていると、早川先生の後ろについて歩く津田さんの姿が視界に入った。 「………」 思わず、胸ポケットに入れている先生とのお揃いのペンを握る。 ……津田さん。 貴女の存在は、百害あって一利なし。 見たくないのに、つい見てしまう自分もなかなかの馬鹿だ。 「……藤原さん。何、物思いにふけているの?」 「…浅野先生」 普通に隣に座り、私の方を見て微笑んできた。 しかし私はそれを、普通に無視をする。 「そう言えば浅野先生、言いたいことがありました」 「何々? 僕のことを好きになった?」 「違います」 浅野先生の言葉を速攻否定し、言葉を継ぐ。 「あまり早川先生をいじめないで下さい」 「………」 「強がっているように見えますけど、実際はとても打たれ弱い人です」 「………」 そう言いながら、早川先生の行くとこ全てに付いて回っている津田さんを眺める。 あそこまであからさまだと…怖いものなんて何もないんだろうね。 「浅野先生が早川先生に何かする度に、私は浅野先生のことが嫌いになっていきます。私の大切な人です。傷付けることは、許しません」 「…ごめん。それでも僕は、君のことが…」 「真帆! お待たせ~って、何で浅野先生がいるのよ!!! 消えなさいよ!!!」 浅野先生の言葉の途中で、有紗がたこ焼きを買って戻ってきた。 先生は出そうとした言葉を飲み込み、別の言葉を出す。 「…的場さん、僕のこと嫌い過ぎない?」 「何当たり前のことを言っているのよ! 大嫌いよ!! 文化祭以来!! ほら、邪魔。そこ私の場所」 浅野先生を押しのけ、そこに有紗が座った。 「…とはいえ、私の数学の成績向上に尽力して貰っているし。無下にはできないよ。ほら、これあげる」 そう言って、有紗は浅野先生にお菓子を手渡した。 「……ありがとう。藤原さん、またさっきの件についてはお話しさせて」 「………」 私の返答を聞かずに、浅野先生はバスの方へ戻って行く。 早川先生も先ほどとは変わらず、津田さんに付きまとわれていた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加