第八話 誰の目にも触れさせたくなくて

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(side 早川) 修学旅行2日目。 生徒たちはスキーウェアに身を包み、班ごとに指導を受けている。 僕が高校生の頃は1班10人前後でインストラクターが1人だったけれど、ここでは1班4人にインストラクターが1人付いている。 なんと手厚いことか。 学校での授業もそうだが、教える人数は少なければ少ないほど、指導がより行き届くものだ。 最初はスキーに対して苦手意識のあった子も、インストラクターからの適切な指導で、徐々に楽しみを見出し始めていた。 「…………」 しかし、寒い。 動いている生徒たちはそうでも無いかもしれないが、ただ突っ立っている僕は少なくとも寒い。 「うわ、浅野先生ヤバ!!!」 「カッコよすぎん!?」 少し離れた2組の方から歓声が上がる。 浅野先生が見本としてインストラクターと一緒に滑っているようで、男女関係なく盛り上がってきた。 その2組の歓声に、3組の子たちの視線も浅野先生の方を向く。 「浅野先生マジでかっこいい」 「あんなの惚れるわ」 ……馬鹿馬鹿しい。 その程度で惚れるなんて、所詮は高校生の遊び事。 「早川先生、私は浅野先生がかっこいいとは思いませんけどね」 ……え? 「……津田さん」 気が付かなかった。 いつの間にか津田さんが僕の横に立っていたようだ。 「私、先生のことを諦めていません。いつも、いつでも先生のことを見ています」 「………………」 その意味深な発言に、なんて返答をするのが正解か分からない…。 津田さんはその後何も言わずに班の方へ戻って行った。 何だろう…つまり何が言いたかったのだろうか…。 そんなことを思いながら、僕は再び2組の方に視線を向ける。 藤原さんの姿を探した。 その愛おしい彼女は、的場さんと神崎くんにそれぞれ腕を掴まれ、産まれたての子鹿のように足を震わせている。 藤原さん。 勉強はできるけれど、運動は苦手だったのですね。 頭ではそう思いながら、藤原さんの腕を握っている神崎くんに対して少しだけ苛立ちを覚えた。 ……しかし。 的場さんを見ると、昨日の夜のことを思い出す。 温泉の前で生徒の見張りをしていた時のこと。 1人でこちらに向かって歩く的場さんが視界に入った。 「あー!!!! ………早川せんせいいいいい~!!!!」 「………」 嫌な予感。 思わず後退りするも、的場さんはあっという間に僕の前に来る。 「捕まえたんだから!!」 そう言いながら僕の腕を引っ張り、的場さんは耳元で囁く。 「先生さぁ、真帆が温泉入れないって言ってんのよ! どうしてくれるのよ!!!」 「………………」 的場さんのその一言に、思わず耳まで赤くなってしまった。 …あのことよね。 あの時はそういう行動をしてしまったけれど、今冷静に考えればやりすぎたということは容易に分かる。 そう、どう考えてもやりすぎた。 「折角の温泉なのに、先生のせいで一緒に楽しめないじゃないの!!!」 的場さんの言いたいことは分かる。 藤原さんが温泉に入れないのは確かに僕のせいだ。 …だけど、僕にも言いたいことがある。 「……………それは、すみません。でも、的場さん」 「ん?」 「…………実は…お互い様なので」 周りに誰もいないことを確認してから、腕をまくり、カッターシャツの襟を少し動かす。 僕の腕も首元も、見えないけれど体も。 実は同じく跡が沢山ついているのだ。 生徒の入浴が終わった後に教員の入浴時間が設けられているのだが…残念ながら僕だって入れない。 確かに僕もやりすぎた。 けれど、藤原さんだってやりすぎ。 「…………わぁ…………」 それを見た的場さんは顔を真っ赤に染め、頬を両手で覆いながらどこかへ走って行ったのだった…。 「ほら、藤原さん。腰が曲がっているからバランスが取りにくいんだよ。ここ、伸ばしてごらん」 聞こえてくる浅野先生の声。 そう言いながら藤原さんの腰に触れていた。 「…………」 思い出される、浅野先生の宣戦布告。 そして、男避けの為に付けた首元の跡は、スキー中だと全く意味を成さないことに気付かされる。 「早川先生」 「…………はい」 呆然と考え事をしている最中、僕の名を呼ぶ生徒の声で我に返った。 また、津田さんだ。 「先生……前髪、分けない方が良いです」 「……え?」 「分けずに少し切ったら、絶対更に素敵になります!」 「………………」 不覚だった。 風が吹く外。 そりゃ…いつも通り分けただけでは、前髪も崩れてしまう。 七三分けは、簡単に崩壊していたようだ。 「……ほら、津田さん。班に戻って下さい」 「いやです」 そう言いながら、僕の腕に抱きついてきた。 「津田さん。いい加減にして下さい。やって良いことと悪いことがあります」 「……分かっています。それでも私は、後悔したくないから…」 どう答えるのが正解か分からず、思わず黙り込んだ。 「…………」 離れる気の無い津田さんを、班のインストラクターの元に強制連行する。 「すみません、逃げないように監視をお願いします」 「早川先生! いやだ!!」 何でだろう。 ……津田さんは日頃、こんなことをするような生徒では無いのに。 「……はぁ」 思わず溜息が漏れる。 再び2組の方に視線を向ける。 愛おしい彼女は左腕を浅野先生、右腕を神崎くんに持たれ支えられていた。 (side 早川 終)
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