第八話 誰の目にも触れさせたくなくて

16/17
前へ
/94ページ
次へ
<数学の楽しさ> 長かった修学旅行が終わり、日常が戻って来た。 日常に戻ったということは…学年末テストがやってくる。 2年生最後のテスト。 頑張らなければ…。 「真帆! 今日は同好会に行けないから、先生たちに伝えといて!」 「うん、分かった。またね」 「じゃーねー!」 修学旅行明け、初の活動。 それなのに、明後日から考査期間に入る。 今日と明日行ったらまた活動ができなくなるのだ。 「そろそろ行こうかな」 鞄を持って教室を出た。 私の通学鞄には、先生とお揃いのストラップにプラスして、修学旅行で買ったハンバーガーの食品サンプルのキーホルダーが付いている。 ハンバーガーは有紗とお揃い。 先生には結局、何も買えなかった。 変な飲み物は…無かった。 数学科準備室の前に着き、いつも通りノックをせずに開けようとしたのだが…寸前で留まる。 部屋の中から、会話をする声が聞こえてきた。 「…………」 小声過ぎて、聞き取れない。 部屋の窓に耳を当て、中の声を聞くことに集中する…。 それでも、ボソボソとしか聞こえなくて、何を言っているのかは全く分からなかった。 暫く廊下に立ち尽くしていると、突然数学科準備室の扉が開いた。 中から飛び出してきた人。 それは…津田さんだった。 「…なんで…」 恐る恐る中を覗く。 そこには、呆然と立ち尽くしている早川先生がいた。 「……………浮気現場?」 私がそう呟くと、先生は体を震わせて目を見開いた。 「あ、藤原さん…。違います、浮気現場って…違います。本当に、違います」 焦っている先生が面白いと感じつつ、胸がモヤモヤする。 2人で、何をしていたのかな。 私は数学科準備室に入り、扉を閉める。 先生は無言で近寄ってきて、私の体を強く抱き締めた。 「……………やっと、できました。触れたくて仕方なかったです」 「……」 そっと私も腕を先生の背中に回す。 少しだけ体が震えているような感じがした。 「…先ほどの津田さんには、再び告白をされました。どうしても好きだと、そういう内容でした」 「……」 「ですが、今回もきちんとお断りをしました。僕が教師だからという以前に、大切な人がいるということをご説明させて頂きました。これで、津田さんは何もないと思います」 「……」 「…あの、何か言ってください」 「……」 先生の背中に回している手に力を入れる。 …駄目だ。 どうしても、優越感が先に来てしまって。 思わず顔がにやけてしまう。 「……先生、好き」 「……………僕の方が、もっと好きです」 久しぶりに聞いたその言葉にまた喜びを感じる。 「先生、好き。大好き」 「…真帆さん、どうしましたか」 「……ここで毎日会って触れていましたから。4日も空くと…会いたくて、話したくて…苦しかったです」 「そうですね。僕も全く同じです。…すみませんでしたね。修学旅行は僕のことを忘れて、高校生として楽しんで下さいと言ったのに…僕から連絡をしたりしてしまいました」 「…いえ、それが嬉しかったです。全然、謝ることではありません」 お互いが強く、強く抱き締め合う。 愛おしくて、大切で。 ずっとそばにいたくてたまらない。 先生のカッターシャツの襟を少し捲ってみる。 私が付けたキスマークは、今もまだ薄く残っていた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加