最終話 ここで出会えたこと

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<未来> 3月31日の登校日。 離任式当日が遂にやってきてしまった。 2年2組の教室に踏み入れる、最後の日。 途中通りかかった3組の教室の黒板には、生徒たちが書いた早川先生へのお礼で埋め尽くされていた。 早川先生…。 2年3組の担任と発表された時、ブーイングが飛んでいた。 そのくらい生徒たちから人気が無くて、真面目すぎて、面白く無くて。 それでも、その黒板には生徒たちからの愛ある言葉が沢山並んでいた。 良かったね、先生。 そこに書かれている言葉には、流石に嘘は無いと思うよ。 そう思いながら、2組の教室に入る。 教壇には『スーツに着られている』浅野先生が居た。 本当に似合わない。 捻じれたネクタイ。肩幅が若干合っていない背広。 そんな姿が面白くて、つい笑いが零れた。 「真帆おはよ〜」 「有紗…おはよう」 空手部時代に顧問だった先生も転任になるということで、有紗は早くから学校に来てお別れの準備をしていた。 「空手部の方は上手く行きそう?」 「うん。退部した私も温かく迎えてくれたんだ。ちゃんと先生にお別れを言えるよ」 「良かった…」 「終礼終わったら空手部の方に先行くから、数学補習同好会はその後に行くね」 「うん、分かった」 式の開始時刻なり、生徒たちは各々体育館に移動をする。 その道中でも早川先生の姿を探すのが癖になっていた。 「ねぇ真帆、泣かないでね」 「……泣かないよ」 「嘘だ、実はもう泣いているでしょ?」 「泣いてない…」 体育館に入ると、ステージの横に立っている離任される先生方が目に入る。 その列の中に、早川先生もいた。 真っ黒な礼服に身を包み、髪をいつも以上に固めてセットしている。 いつもとは違うその姿は『いつもの早川先生』とは切り離され、『知らない数学教師の早川先生』だと脳が認識し始める。 何だか…上手く表現ができないけれど。 昨日、夜の学校で職権乱用をしていた早川先生とは別人なのだと。 そんな錯覚をし始めた。 「有紗…実感が沸かないよ」 「え?」 「分かんない。何だろう。何故だろうね…」 「え!?」 私の中にある複雑な感情が涙となって溢れ出る。 全校生徒が集まっているというのに、涙が止まらない。 「ちょっと、真帆…」 声を殺し、顔を伏せて肩を震わす。 隣の3組の列にいる津田さん。 彼女もまた、号泣をしていた。 式が始まっても止まらない涙。 途中聞こえてきた早川先生の挨拶を軽く聞き流しながら、有紗の影に隠れてひっそりと泣き続けた。
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