結び

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結び

(side 早川) 桜川工業高等学校。 建築科と機械科と土木科からなる、工業高校だ。 真帆さんたちのような普通科とは違い、普通科目の勉強時間を削って、専門科目の勉強をする。 工業だから男子生徒が多いだろうと勝手に思っていたが、どうも違うみたい。 今は建設業での設計に携わりたいと考えている女子も多いらしく、実際ここの建築科の男女比はほぼ半々だった。 「早川先生、こちらが数学科準備室です」 「ご案内ありがとうございました」 教頭先生に案内され、やってきた新たな拠点。 数学科準備室。 ここが、これからの僕の居場所だ。 そう思いながら扉を開けると、目を疑うような光景が広がった。 「………え?」 「…………………早川…?」 椅子に座っている、忘れもしないその男の姿。 い………。 「伊東、先生…」 本当に、現実は残酷だ。 どうやら神は、まだ僕に試練を与えようとしているらしい…。 「転任してくる先生って…お前だったのかよ…」 「…伊東先生こそ。こんなにも近くにいらっしゃったなんて。もっと遠くに行っているものだと思っておりました」 部屋の中に入り、伊東先生の向かいに設置された空っぽのデスクに荷物を置く。 前任校で、浅野先生が来る前にいた数学教師。 伊東和樹先生。 …………………数学補習同好会の創設者。 「まぁ…いいわ。早川なら話が早い。明日引き継ぎとかそう言う話になるから宜しく」 「…はい」 僕より年下なのに、相変わらずタメ口なこの人。 …考えうる限り、最悪だ。 複雑な感情で胸がいっぱいだが、取り敢えず荷物の整理をしなければならない。 すぐに使うものをまとめた鞄の中身を全て取り出し、デスクにどんどん置いていく。 「………」 鞄の中へ一緒に入れていた、真帆さんと的場さんがくれた写真が出てきた。 数学補習同好会の4人で撮った…最初で最後の集合写真。 的場さんが4人で写真を撮ろうと声を上げたことで、撮ることになったのだが…何故か浅野先生に寄り添われ、心底不満を抱いたものだ。 今となっては凄く懐かしく思う。 「………」 もう、寂しい。 僕はその写真をデスクのよく見える場所に置き、荷物の整理を続ける。 変わっていく日々の中に残る、変わらない過去。 それを胸に、僕はここで頑張るのみだ…。 「…………伊東先生。本が入った箱が車に沢山あります。運ぶのを手伝って下さい」 「え、向こうに置いていた本を全部持ってきたのか?」 「当然です。早くして下さい」 「嘘だろおい…」 数学科準備室を出て、廊下を歩く。 平地にあるこの学校。 窓から外を見るが、隣にある中学校の校舎が視界を塞ぐ。 ここからの景色は微妙だ。 そんなことを思いながら、中学校校舎の少し上に視線を向ける。 すると、高台にある桜川高校の校舎が見えた。 「…………こちらからも、見えるのですね…」 たったそれだけのことなのに。 何だか特別な感じがして。 年齢を顧みず、心が踊る感覚がした。 「………よし。ここでまた、頑張りましょう」 結び  (side 早川)  終
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