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車を走らせ町役場に向かう途中何度も虫がフロントガラスに激突してきて、その度虫の体液が飛び散り無駄に洗浄液を使う羽目になった。
市役所の窓硝子や外壁にも複数のバナナムシが張り付いていて、数人の職員が殺虫剤とタモ片手に苦戦していた。
二階環境衛生課の窓口は混雑していた。
「あの虫を何とかしろ、野菜が駄目になる!」
「家中虫だらけで……」
口々に苦情を言う人々に職員達も困った様子だ。デスクでは皆電話対応に追われている。
善二は通りかかった吉岡という男性職員を捕まえた。彼は頻繁に善二から苦情を受けているためにアレルギー反応の如く顔を顰めた。
「庭にバナナムシが大量にいて困ってるんだが、役所は何をしてる? タモと殺虫剤持って追いかけるんなら誰でもできるわい!」
吉岡はため息をついた。
「私達も全力を尽くしてます、ただ事態の収束まで時間が必要で……」
「時間を言い訳にするな! こっちは今すぐ解決してほしくて来てるんだ、何のために町役場があるんだ!」
「対策を考えていますので……」
吉岡がちらりと壁の時計を見るのが分かった。善二の頭に血が昇る。
「お前今時計見たな?!」
「み、見てないですよ」
「いや俺は見たぞ、さっさと話を終わらせたいと思ったんだろう‼︎」
善二は迷惑そうな吉岡に説教しながらかれこれ1時間居座り、腹の虫が治らぬまま役場を後にした。
今年72歳になる善二は、幼い頃あまりの悪ガキぶりに「悪二」と近所の大人達から呼ばれていた。老齢期には所謂クレーマーとなり、図書館や町民会館、農協、スーパーや百均まで、行くたびことあるごとに難癖をつけるため職員や町の人達に困った爺さん扱いをされていた。糞爺と百均の店員達が陰口を叩くのを小耳に挟んだこともある。だが善二にとって不便や不満を直接相手に訴えることは正義だった。
3年前妻が癌でこの世を去り彼を止める者がなくなってから言動に拍車がかかった。政府官邸宛に増税や政治資金問題に関するレポート用紙10枚にも及ぶ提言書を送ったこともある。施設に怒鳴り込むたびまたかという顔をされ、表面的な説明と謝罪であしらわれることも腹立たしかった。
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