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渡邊医院のおじいちゃん先生
私がまだ小さかった頃、風邪をひいたり、お腹をこわしたりすると、いつも連れて行かれた医院があった。
小さな町の、それでも広い通りを歩いて県道を渡った所にあった渡邊医院。
黒く塗られた板塀に囲まれて、木の看板に渡邊医院と達筆な毛筆で書いてあった。
木戸を開けると玄関まで石畳。その両側には大きな松の木や石灯籠。地面は緑の下草や苔で覆われて、まるでテレビの中の時代劇の世界にタイムスリップしたようだった。
玄関のスリガラスをはめた重い引き戸をガラガラッと開けると靴を脱いで小さな私には上がるのが大変だった畳敷きの待合室。
窓からはさっき通って来た庭が綺麗に見える。
冬の寒い日には火鉢が置いてあって黒い炭がパチパチと赤く色付いて白く変化していくのを飽きずに眺めながら、あたるのが楽しみだった。
玄関の開く音を聞いてなのか、廊下で続いている自宅の方から
「は~い」
と先生の奥様でもある看護婦さんが出てきてくれる。真っ白な丈の長い割烹着のような白衣を着て。
調剤室の小さな窓口から
「きょうはどうされました?」
「娘が風邪をひいたようで……」
「じゃあ、お熱を計ってくださいね」
と水銀の体温計を渡される。
熱を計った体温計をまた小さな窓口に返す。
そしてしばらく待っていると看護婦さんに名前を呼ばれる。
子供用のスリッパを履いて、綺麗に磨き込まれた板敷の廊下を歩いて、その先が診察室。
大きな机と真っ白なカバーの付いた肘掛け椅子。
いつの間にどこからか先生は現れる。
「きょうはどうしました?」
少しかすれた、しわがれた声で
「風邪をひいたようで……」
「そりゃ悪かったねぇ。診てあげようね」
と口の中や下瞼を診て聴診器を当てて
「ポンポン出してくださいね」
丁寧に診てくれて、それから打診トントンと。
「やっぱり風邪だねぇ。お薬出しますから。それと注射しとこうね」
先生は看護婦の奥さんに注射の指示を出す。
「はい。チクッとしますよ。あぁ、偉かったねぇ、もう大丈夫だからねぇ」
先生にそう言われると、もう治った気になるから不思議だった。
「ありがとうございました」
そう先生に言って待合室で、お薬の出来るのを待つ。
薄くて白い四角い紙に粉薬を包んでもらって帰る。五角形に畳まれて綺麗に繋がっている。
まるで折り紙細工のような魔法の薬。
ちょっと苦かったけど、このお薬を飲めば忽ち元気になれた。
そして白い折り紙は鶴や帆掛け舟になって枕元に並んだ。
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