あの時

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あの時

どうしてあの時、早まって結婚したのだろう?最近、特にそう思うようになった。 私は小さな頃から母と母の彼氏に虐待を受けていた。近所の人からの通報で小学4年生の頃に児童相談所に保護され施設で育った。家から離れた小学校に転校して中学校、高校に行った。学校では親がいないというだけで、いじめを受けていたため友達がいなかった。高校を卒業したら施設からも出なければいけなかった。その為、寮がある所に就職をしなければならなかったのだが、就職先が見つからず、結局私は夜の街で働き始めた。でも慣れなくて辞めたいと思ってた頃、貿易会社の次男の中嶋健吾さんと出会い結婚した。付き合った期間はほぼない。ただ健吾さんからはお金に困るような不自由な生活はさせないから、その代わり結婚してほしいと…私18歳、健吾さん28歳の歳だった。幸せになれると思っていた…幸せになりたかった… 私たちはお互い好きという言葉を発することもなく結婚したのだ。施設で育ち親がいなく夜の街でしか働けなかった。毎日の生活費を稼ぐのに必死な1人ぼっちの私…きっと健吾さんは私が可哀想だと思ったんだろう。まだ結婚をしたくなかった健吾さんは両親の目を欺くために私と結婚をした。健吾さんの両親からはやっと健吾が結婚する気になってくれたと…私のことなどあまり気にかけてもくれなかった。住む場所もあり、結婚してからは働かなくてもいい。お金に困ることもない生活を送れてることは感謝しないといけないのだろう。 私たちは結婚して1年半がすぎたが子どもはいない…そのせいで毎回、お義母さんに嫌味を言われている。 「咲希さん、まだ赤ちゃんできないの?そろそろ検査に行ってきたらどう?」 「すみません。こればかりは…」 「何か咲希さんに問題があるんじゃないのかしら?」 「私は検査の結果、大丈夫だったんです」 「なに?じゃあ、うちの健ちゃんに問題があるっていうの?」 「いえ…そんなことは…」 「もう、健ちゃん30歳になっちゃうじゃない」 「すみません」 「慎吾の所は3人目が産まれるって言ってるのに…あなたが若いから子どももすぐにできると思ったのに…見込み違いだったみたいね。健ちゃんも身寄りがないあなたをかわいそうに思って結婚したのよ」 最近、特に子どもの事を言ってくる。義兄夫婦の所は3人目か…私が悪いんじゃないのに…やっぱり私じゃない方が良かったのかもしれない… 健吾さんは優しくて、頼りがいがある人だった。掃除、洗濯、ゴミ捨てといつも手伝ってくれるけど、唯一できないことがある。それは…料理ができないことだ。 料理教室の先生をしているお義母さんがいるので、自分で作るという事を知らない。しかもその料理を作るのにどれだけの時間がかかるのかも…わかってない。ただ、料理の材料は買ってこれる。作れないけど… ある日、信号待ちをしてる時に自転車に突っ込まれて肋骨にヒビが入ったことがあった。コルセットもできず、痛みを抑えるためにバストバンドをして病院から帰ってきたら健吾さんは私の顔を見てすぐに駆け寄ってきてくれた。 「痛い?大丈夫?洗濯物下ろしておいたよ」と言ってくれたが、次に発した言葉は「お腹すいた。今日は簡単に焼きそばでいいよ。材料あるから」とビールを片手に言われた。健吾さんの言葉を聞いて労る気はないんだと知った。 痛む肋骨を庇いながら焼きそばとスープも作った。こんな時にはお弁当とか買ってきてくれてもいいと思うが、お義母さんのご飯が美味しいせいか、お惣菜とかコンビニ弁当とかを嫌うので買って食べることがほとんどない… 「やっぱり、あんかけ焼きそばを頼めばよかったね」 「ごめんなさい」 「母さんの、あんかけ焼きそば、めちゃくちゃ美味しいんだよ」 「そうなんだ…こんどレシピ聞いておくね」 なんなんだ?じゃあお義母さんのご飯、毎日食べに行けばいいのに…そう思うのに言えなかった。茶碗も洗い、今日はお風呂に入れないので仕方なく体を拭いてシップを張り替えた。リビングに戻るとお酒を飲んでいた健吾さんは「じゃあ咲希おやすみ」そう言って自分の部屋に入っていった。 そうわが家は結婚してから一緒に寝たことがない…思えば健吾さんとは結婚してからも体を重ねたことは1度もなかった。最初はそれでもいいと思っていたけど…最近なんか淋しさが募ってきている。お母さんに子どものことを言われるたびに言いたくなる。そもそもわが家は子どもができる行為をしていないのだと… キスやハグも好きじゃないのか、キスって口の菌が移りそうだね。って言われるし、俺まだ子どもはいらないんだよね。兄貴の所に孫がいるんだからまだいいよね。だってセックスって子どもを作るための行為でしょ?俺、子どもなんてまだいらないからしなくてもいいでしょ?そう言われていた。小説や映画の中ならば、そんな結婚をしても愛されるのだろう。そしてハッピーエンドで終わるだろうが、私はどうやら違うらしい。まぁ…これが現実なのだろう。 私は知ってしまったのだ、健吾さんの秘密を…どうして今まで気づかなかったんだろう…どうして言われるがままあの時、婚姻届にサインしたのだろう。何の意味もなかったのに…結局、私を愛してくれる人なんかいないんだ…私を捨てた両親と一緒で…
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