逃げ出しました

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逃げ出しました

何か身体が包まれている感じがしたが、寝返りを打つとその感覚は離れてしまった。なんとなく淋しいと感じて目を開けると大ちゃんがいてくれてなんだかわからないけど安心した。 「大ちゃん…」思わず声に出てしまった。 すると大ちゃんは目を見開いて 「覚えてるのか?」と聞いてきた。 頷くと 「そうか…覚えていてくれてたんだ」と笑ってくれた。 「具合は?少し飲むか?」 そう言うとベットサイドに置いてあったペットボトルを取ってくれた。 「あんまり冷たいのだと身体によくないから常温だけどな」 少しずつ飲むと喉の張りつきが少しなくなった気がした。熱を測ると昼間よりは少し下がっていた。 「咲希ちゃん、身体辛いかもしれないんだけど教えてくれないか?どうしてあのビルにいたの?近所に住んでるわけじゃないよな?」 私は、少し躊躇いがちに答えた。 「はい。あの場所にどうしていたのかわからなくて…突然、雨が降ってきたので雨宿りしてたんです」 「何かあった?まだ言えない?」 「すみません…まだ…」 「そうか身体もまだ本調子じゃないのに無理に聞こうとして悪かった。でも熱が下がったら教えてくれないか?」 「わかりました」 もう逃げられないだろう。でもこのまま熱が下がらずにいればいいと思ってしまった。 私は熱が上がったり少し下がったりを繰り返したが3日後にはすっかり平熱に下がっていた。 大ちゃんは毎日、様子を見にきて声をかけてくれた。あゆちゃんが一緒のときもあれば1人の時も… 「咲希ちゃんどう?熱下がったみたいでよかった」 「すみません。ご迷惑おかけしました」 「迷惑なんて思ってないよ。大輔も私も」 「はい。ありがとうございます」 「熱は下がったけど骨折も治ってないから無理しちゃダメだからね」 「わかりました」 「じゃあ仕事に行ってくるから」 「行ってらっしゃい」 「行ってきます」 大ちゃんは弁護士さんだけど、あゆちゃんも仕事してるんだ。2人で共働きなんて凄いな。私なんて仕事も辞めて専業主婦として健吾さんに養ってもらってたのに勝手に出てきちゃった。電話もメッセージもブロックしてるから連絡は来てないけど…心配してくれてるんだろか…そんなことを考えてボーッとしていたら、視界に大ちゃんが映った。 「大ちゃん…」 「声かけても返事がなかったから、勝手に入ってごめん」 「いえ…私が使わせてもらってるので、熱も下がったので、そろそろお暇しますね。2人の邪魔してすみませんでした」 「行くってどこに?」 「探します。元いた場所には帰れないので」 「咲希ちゃん、熱が下がったら教えてって言ったよね」 「はい…」 「これから仕事だから、夜には帰ってくる。だからそれまで待ってて」 「はい…」 そう返事をしたけど私はその前にこの家を出て行こうと決めていた。これ以上2人に迷惑はかけられないから… 「じゃあ行ってくるね」 「はい。行ってらっしゃい」 ドアが閉まった途端に深いため息を落としてから自分に気合いを入れて部屋を掃除した。 「お母さん、ちょっと買い物に行ってきてもいいですか?」 「あら咲希ちゃん、熱下がったばかりなのに大丈夫なの?買いに行くけど」 「あの実は…そろそろ来そうなんです。女の子の日が」 「あらそうなの。あゆちゃんのじゃ合わないの?」 「肌が弱くて特定の商品じゃないと…かぶれちゃうんです」 「それなら自分で選びたいわよね。ごめんなさいね」 「いえ。こちらこそすみません」 「ドラッグストアはこの道を真っ直ぐ行って大きな通りを左に行くと見えるわ」 「ありがとうございます。行ってきます」 「気をつけてね」 私は小さいカバン1つ持って外に出た。久しぶりの外は気持ちいいくらいに晴れていた。家の裏口に回り、さっき部屋の窓から置いたスーツケースとリュックを回収した。部屋が1階で助かった。 私は言われた道とは反対方向に歩き出した。 思いがけずに大ちゃんと、あゆちゃんに会えた。温かい家族団欒も味合わせてもらった。もう十分幸せな時間だった。このままお礼も言わずに出てきてしまったけど仕方がない。落ち着いたら手紙でも書こう。何となくで歩いてるうちに駅に着いた。知らない街で再出発しようと決めて終点で降りた。今まで降りたことがない駅だったが名前だけは知っていた。駅前のネットカフェに入ったか、初めてなのでシステムもよくわからなかったが店員さんは親切に教えてくれた。女の子だからと鍵付きの個室を勧めてくれたのでその部屋にした。鍵をもらって部屋に入ると思ったよりも広くてびっくりしてしまった。パソコンもあるので寮がある仕事を早く探さないと…お金なんてすぐになくなってしまう。 「あーあ結局逃げちゃった」 健吾さんのときも、そして今回の大ちゃんも、私は嫌なこと知られたくないことがあるとすぐに逃げてしまう。それは昔、小さいころに逃げ出したくても逃げられなかったからなのかもしれない…と思わず1人で苦笑してしまった。
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