あの日の約束

3/4

64人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 まさか和音がプレゼントしたバスボムを使うのが自分自身だとは。  プレゼントを渡すと、優幸は喜んで浴室に行ってお湯を張った。「先にどうぞ」と言われ、まさかの展開にどきどきと脈が速まる。 「お湯熱くないか?」 「だ、大丈夫……」  ドアの外から声をかけられ、肩が上下する。もし覗かれたらどうしようと自意識過剰なことを考える自分が心の中にいて和音は苦笑する。和音の貧相な身体など見たって楽しくないだろうことは、自分が一番よくわかっている。 「いい香り」  レモングラスとジンジャーの香りが浴室に満ち、ほっと息をつく。  それにしても急展開だ。昨日まで片想いの相手だった優幸が恋人になった。そのことだけでもじたばたするくらい嬉しいのに、ペアリングまで作るなんて想像もしなかった。というより想像などできるはずがない。 「優幸さんと恋人……」  まったく実感が湧かないけれど真実だ。明日の朝起きたらすべてが夢だったなんてことにならないだろうか。 「ならないよ」 「えっ」  ドアの向こうから声が聞こえて飛び上がりそうになる。なぜ優幸は和音の心が読めたのだろう。 「なんかぶつぶつ聞こえるから様子見に来たんだよ」 「あ……」  口に出ていたのだと気がつき、頬が熱くなる。のぼせないうちに出ないといけないのに、曇りガラスの向こう側に優幸の影が見える。 「優幸さん、向こう行ってて」 「なんで?」 「そろそろ出たいから……」 「出れば?」  そう言われても、裸を見られるなんて恥ずかしすぎる。 「いい香りがする。俺も入る」 「えっ」  優幸が服を脱いでいる様子が見え、耳に心臓の音が響く。見まわしてみても逃げ場はない。どうしよう、と焦っていたら浴室のドアが開いた。 「ほら」 「え?」  バスタオルを広げた優幸は自分の目の位置までタオルをあげる。 「見ないから、さっさと出ろ。のぼせるぞ」 「……絶対だよ?」  お湯からそっと出ると優幸がタオルでくるんでくれる。和音の濡れた肩にキスをした優幸に背を押され脱衣室に出た。 「心臓に悪い……」  風呂は無事クリアした。次に来たのは同じベッドという、先ほど以上のミッションだ。ソファで寝ると言う和音に優幸は「許可すると思うか?」と笑顔を見せた。ふたりでベッドに入ったけれど、どきどきしすぎて眠れない。 「まだ寝ないのか」  寝返りばかり打っていると優幸の腕に包まれた。まだ寝ていなかったのかと、安堵と緊張が同時にやってくる。 「だって……」 「泊まると言ったのは和音だろ」 「そうだけど」  別々に寝るものだと思った、と言うと優幸が苦笑する。 「ソファになんか寝かせられない。なんなら俺がソファで寝るが」 「そんなのだめ」 「じゃあさっさと寝ろ」 「……」  そうは言っても寝られるはずがない。優幸はなんとも思わないのだろうかと顔を見あげる。 「……つき合いはじめていきなりってのもまずいからな」  和音の視線をよけて、優幸が呟く。いきなり、というのはつまりそういうことだろう。心臓が壊れそうなほどに暴れている。 「そ、そうだね」  つき合った日にそういうことをするのはまずい、と優幸は思っているらしい。和音にとってはあまり問題ないのだけれど。だって、ずっと好きだった優幸とそういう関係になれるならむしろ喜ぶべきことだ。 「言っておくが俺は和音が高校生のときから我慢してたんだからな」 「えっ」 「いつまで経っても嫁にくるって言わないから強硬手段をとることにしたんだ」 「えっ」  両手で頬を包まれ、優幸と目が合う。和音の速い鼓動など知らない優幸が目を細める。 「逃げられると思うなよ」  強引な言葉と優しい笑顔に頬が火照った。 「馬鹿だなあ……」  逃げるはずがないのに、と和音も優幸の頬を両手で包む。 「優幸さん、好き……むぐ」  顔を近づけようとしたら頬を潰されておかしな声が出た。 「なにするの」 「キスはだめ」 「なんで?」  先ほどは優幸からキスをしてくれたのに。寂しくて目を伏せると「そうじゃない」とまた頬を潰された。 「そのまま押し倒されてもいいならキスしろ」 「え……」 「俺は大歓迎だ」  顔から火が出そうなほど熱くなって、それから思いきってキスをした。そのまま優幸が覆いかぶさってくる。瞳には熱が浮かんでいて欲情をたたえている。キスが深くなり、舌が擦れ合うと意識がぼんやりするほどの気持ちよさがあった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加