白山田さんと黒山田さん

1/1
前へ
/1ページ
次へ

白山田さんと黒山田さん

 その学校に配属されてから、急遽「担任」を任されるまで、そう時間はかからなかった。 「前の担任の先生が、急に来られなくなってしまってね……頼めるかな」 「ええ……自分、ですか」  大学時代も俺は、そこまで勤勉なタイプではなかった。単位ギリギリでなんとか教員免許を取り、適当に採用試験を受けたのがこの私立の小学校。思ったより簡単に内定の手に入った俺は、それなりに順風満帆なスタートだと思っていた。その、矢先の出来事。  新入りはとにかく、慣れるまでは難しい仕事や責任の重い仕事は回さないからと、面接時には自信満々に校長が言っていたのに。どこの会社にでもありそうな謳い文句に騙された、と心の中で俺は悪態をつく。 「引き継ぎは、中田先生のデスクに置いてくれているそうだから。今日の放課後までには目を通しておいて。それじゃあまずはHRから、よろしくね」 「はぁ……」  普通じゃ考えられないほど突然のタイミングで、しかも引き継ぎもままならないとは。先行きに不安しか見えず、俺は大きめのため息をついた。重い足取りで中田先生のデスクに向かう。引き継ぎと言えば、生徒一覧の成績や普段の様子を記録したファイルだとか、あったとしてもどうせ役に立たないような、もう少し重量感のある資料を予想していた。だが、そこにあったのは一枚の手紙だった。それも、たった数行だけの。 “このクラスには二人、山田という名字の生徒がいます。 白山田と、黒山田と呼ばれています。  山田には気をつけてください。 5年2組をよろしくお願いします。” 「え……なんだそれ」  首を傾げながら、俺は教頭から受け取ったクラス名簿を見る。確かに名前順の最後に、山田が二人いた。山田花奈と、山田みのり。おそらくこの二人が、白山田であり、黒山田らしい。殴り書きのような字はよほど慌てていたのか、肝心のどちらが白でどちらが黒なのか、そしてどちらの山田に気をつけるべきなのかがわからない。 「もっとなんかなかったのかよ……授業の進度だとか、こう……」  不満から思わずそんな独り言が溢れる。担任が来なくなったと言うが、担任の仕事ぶりがどうしようもなくて辞めさせられたのでは、などと疑いたくなるほどだ。山田がどうした、小学生に対し、気をつけろとは何事か。いい大人が、情けない。  注意すべき山田については、割と早々に答えが出た。ぎこちない初日のHRが終わった翌日、朝早くから二人の山田が教室に立ち尽くしていた。足元をぐちゃぐちゃの、びちゃびちゃにして。話しによれば黒縁眼鏡の方の山田が、教室で飼っていたメダカの水槽を床にぶちまけてしまったのだという。 「先生!花奈ちゃんのこと、あんまり叱らないであげてください!」  昨日と同じ白いリボンの髪飾りがついた方の山田は、俺に気づくや否や走り寄ってきて、事のあらましを説明してくれた。黒縁眼鏡の山田はおそらく件の「黒山田」の方で、彼女曰く、普段から問題行動の多い生徒なんだとか。 「山田さん、なんでこんなことしたの?」 「……」 「黙ってちゃわからないよ?」 「先生、花奈ちゃんとは私が話しておくから、許してあげて?」  しっかり者らしい白いリボンの、「白山田」はそう言って、俺が黒山田を叱るのを辞めさせようとした。たぶん、自分がついていながらこんなことをさせてしまった、とかいう負い目なんかを感じる優等生タイプなんだろう。  彼女に免じて俺はそれ以上話を聞くことを辞め、二人に任せることにした。まだ誰も来ていない教室でよかった。白山田はぱたぱたと廊下を走っていき、雑巾を持って戻ってくる。 「あんまり怒られなくてよかったね。私が一緒にいるときでよかったよ。それじゃあ、責任もって掃除しよっか」  ただ庇うだけじゃなく、自分のしたことに責任はちゃんと取る必要性も、彼女は教えてくれるらしい。しっかりした、よく出来た子だと思う。黒山田も大人しく、床を拭き始めた。  きっとあの引き継ぎは、黒山田に気をつけろということなのだろう。だとすればかなり言葉足らずなメッセージだが。しかし、俺たち教師が気をつけるべきは、むしろ白山田の方だろう。しっかり者であるがために、抱え込みやすいタイプでもある。彼女に頼りすぎないよう、気にかけてやらなければ。  大人びた顔をしていても、中身は所詮小学生。教師が同級生の世話を、生徒に任せきりにするなんて考えられない。新任の俺は、そんな意欲に満ちていた。休憩時間の大抵を、黒山田の様子見に使ったりもした。その甲斐あってか、黒山田はあれ以降特に大きな事をしでかすこともなく、平和な日々が続いた。代わりの担任など見つかるはずもなく、気づけば学校祭という、大きなイベントの日が近づき始めていた。 「ねえ先生」 「どうした?山田さん」 「学校祭の劇なんだけど、花奈ちゃん、主演に立候補させられちゃうかもしれないの」  俺以外出払ってしまった職員室に、白いリボンがこっそりと現れた。クラスのそれぞれが劇をするだけのイベントではあるが、非日常的な催しはなんであれ、子ども達をわくわくさせる。  その高揚した気持ちが、気を大きくさせることもあるのかもしれない。さっき聞こえてきたんだけど……と前置きして、彼女は緊張した面持ちで話してくれた。 「させられちゃうって?どういうこと?」 「花奈ちゃん、目立つのが苦手だからきっと裏方がいいと思うんだけど……でも、実はクラスの男子にいじめられてて、手を挙げろって脅されてるの」 「そうなのか」 「そう、だから、花奈ちゃんが手を挙げたら私も手を挙げるから。先生が、私のこと選んでくれない?」 「それは……」  白山田の提案は、黒山田のことを思ってのことなのだろう。けれど、彼女の提案をそのまま鵜呑みにするのはどうだろう。俺は即答できなかった。白山田は不安げに俺を見上げていて、その老婆心を無下にしたくはないが、俺の独断だけで白山田を選ぶわけにもいかない。 「ダメなの?このままじゃ、花奈ちゃんがイヤな思いさせられるのに?」 「うーん、みのりさんが心配してくれてるのはわかるけど。……そうだ、みのりさんや他の子が手を挙げたら、多数決にしない?」 「えっ」 「もし、花奈さんが本当にいじめられて手を挙げたとしたら、クラスの本当に優しい子たちは、花奈さんに票を入れたりしないよ。それなら安心でしょ?」  白山田は俺の提案に、渋々といった様子で頷いた。まだ不安そうにしていたのは、もしかするといじめっ子だというクラスの男子とやらに、他のクラスメイトも同調してしまうかも、なんてことを危惧しているのだろうか。  わざわざ私立に入るほど、努力を知っている子ども達が、そんなつまらないことをするとも思えない。少なくとも教室で彼らを見ている分においては、そんな様子は想像できなかった。むしろ、白山田が言うようないじめが本当に起こっているのだろうか、と疑いたくなるほどだったが……いや、疑うのは良くない。  そんなことを考えながらやってきた5限目。劇の役者を決める話し合いで、白山田の言っていたとおり、主役のお姫様への立候補に、黒山田が手を挙げた。白山田も続いてぱっと手を挙げる。一瞬、黒山田の方に話を聞こうかとも思ったが、代わりに約束の通り、多数決を取ることにした。多数決という手段に出たのは、黒山田に手をあげる男子がいれば、クラスの力関係も少しは把握できるだろうと思ったからだ。  けれど結果は、大きく俺の予想を裏切る形となって現れた。 「えーと……?それじゃあ、山田みのりさんが主役がいい、と思った子ー。手を挙げてー」  まず先に手を挙げた、黒山田を主役にした生徒に挙手を募った。誰も手を挙げない。彼女を主役にしたいらしい、いじめっ子とやらも誰もいなかった。白山田が名乗りを上げたのを見て、黒山田を辱めるために誰も手を挙げようとしないのか、とすら思えた。  そして今度は、白山田を支持する生徒に挙手を募る。俺の声を合図に、示し合わせたかのように皆の手が挙がる。皆だ。皆の手が挙がったのだ。白山田はもちろん、彼女と仲の良い女子も、いじめっ子がいるはずの男子も残らず手を挙げた。黒山田でさえ、なんてことないかのようにしれっと手を挙げている。……なんてことない? 「……え?」 「先生、多数決なんでしょ?数、数えてよ」 「ええっと……36人、だな」  休んでいる子を除けば、全員。俺はきっちり数えてそう伝える。異論がなさそうなので、主役は白山田で決定だ。そう発表すれば、何の感動もない拍手が起こる。白山田だけは嬉しそうにこちらにピースをしている。  その後は滞りなく役割決めは進んでいった。黒山田は自分が0票で選ばれなかったことを本当に気にも留めていないのか、次は自ら裏方を選んでいた。不満そうな男子も、予想通りいない。ちょっとしたいざこざでも起こるのではと、意気込んでいたのが拍子抜けするくらいだった。  そう、拍子抜けするほど、何もなかった。  そのことが、俺の中で違和感を急速に膨らませる。黒山田が脅されて立候補したのだとしたら、どうして0票になり得るのだろう。少なくとも脅した張本人や、逆らえない黒山田自身も手を挙げるべきなのに。  ならば仮に、黒山田が自らの意思で立候補していたとしたら。やりたくて主役に手を挙げたのに、なんてことないように裏方に切り替えられるだろうか?それにやはり、自分に手を挙げない理由もわからない。なぜ、黒山田が0票になるのだろうか。 「ねえ、先生」 「うん?どうした?」 「なんであんなことしたの?」 「あんなことって?」 「多数決」  司会を一緒に担当してくれた、文化委員の男の子が放課後、むすっとした表情で声をかけてきた。彼がいじめの主犯か?だが、彼も白山田に手を挙げていた一人だ。  そもそも意見が別れれば、多数決を取るのが一般的だと思っていたのだが、彼は異様だと言わんばかりに俺の行動を指摘した。 「どうして?何かおかしかったかい?」 「先生こそ、変だと思わなかったの?みんな白山田に手を挙げてたのに」  俺がぎょっとしたあの光景を、彼は当たり前のように話す。そして彼もあの子を「白山田」と平然とした顔つきで呼ぶものだから更に驚かされる。 「……先生はどうするべきだと、松本くんは思うの?」 「白山田が手を挙げたんだから、白山田に決定すればよかったじゃない」 「そう、思うんだ?」 「みんなそう思ってるよ、きっと」  どうやらこのクラスには、俺の知らないルールが潜在的にあるらしい。優等生だと思っていた白山田は、もしかするとこのクラスの覇権でも握っているのかもしれない。だとすれば、黒山田はどういう立ち位置なのだろう?彼女は悪さをして、白山田がそれを庇うのはどういう目的なのか。  何が何だか分からないまま、俺は彼に、白山田が教えてくれたことを話す。 「だから、多数決なら角が立たないと先生は思ったんだけど……何か悪いところはあったかな」 「ああ、そう。……先生ってそうなんだ」  噛み合わない返事に内心、苛立ちを覚えつつ辛抱強く彼の話を聞く。けれど彼は「そうなんだ」と納得したかと思えば、話の続きをすることなく帰って行ってしまった。何とか引き留めようとしたけれど、諦めたように首を振った。まるで熱帯の森の奥で、ひっそりと文化を守る部族のようだ。 「知らない方が幸せ……ってか?」  明日にでも他のクラスメイトに話を聞けばいいか、と俺は職員室に戻り帰り支度をする。  翌日、朝のHRでは俺が教室に入った瞬間、全員がこちらをじっと見てきた。「先生ってそうなんだ」と言わんばかりの、あの目で。まるでよそ者を警戒する部族……と感じたのは、あながち間違いではなかったらしい。  HRも授業も、つつがなく始まりつつがなく終わる。放課後には学校祭の準備に、各々が取りかかる。小学生にはしっかりしていると思う。いや、しっかりし過ぎている。しっかりし過ぎて、俺が何か手を貸したり、口を挟んだりする暇がまるでない。昨日から一転、俺は完全によそ者になってしまったらしい。  ……ひょっとすると、俺は何か重大なことを見落としていたのかもしれない。例えば主役を拒んでいたのは白山田の方で、けれど黒山田を庇おうとする正義感から、自ら引き受けにいったとしたら。そんな彼女の性格を見越して、黒山田は白山田に嘘のいじめを打ち明け、白山田が主役になるよう仕向けた……とか。 「いやいや、小5の子どもがそんな陰湿なことするか?」  考えてはみたものの、ゲームや友だちと遊ぶことに夢中な年頃の子が、そんな恐ろしい計画を企てるとは考えにくい。大体、主役に選ばれた白山田は存外嬉しそうに打ち合わせをしていた。衣装へのこだわりを熱く語ったり、黒山田もいる大道具の係に自らも手伝いに行ったりと献身的だ。  何も悪いことは、起きていないはず。だが、何かがひっかかる。 「せめて、黒山田から話を聞くくらいはしてもいいかもな……」  連日の学校祭準備時間に、どこかで黒山田を呼べやしないかと思案している最中、俺はしょっちゅう教頭に呼びだされていた。特に何かあったわけでもないのに「クラスの様子はどうですか?」とばかり聞かれた。そんなに気になるなら教室に見に来れば良いのに、と苛立ちながら俺は職員室を後にする。こんなことばかりならそりゃあ、前の担任も辞めたくなるよなあと考えていた矢先、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。 「いたっ」 「あっ……先生、ごめんなさい!」  ぶつかったのは白山田だった。慌てて廊下を走ったら危ないぞ、と注意するより先に、目元が赤くなっているのに気づく。何かあったかと聞けば話すより先に、彼女の口元から嗚咽が漏れた。必死に堪える唇の隙間から、か細くも勇気ある告発が現れるのを待つ。 「……これ……花奈ちゃん、が」  そう言って彼女はスカートを示す。びっしょりと濡れた色の濃くなったスカートは、犯人を庇うために一度は落とそうと努力したのだろう。だが、学校に置いてある石けん程度でそれは取れなかったようだ。  ハケでべっとりと塗られたオレンジ色は、おそらくは今教室で行われている、劇の道具の準備に使われているもので。白山田が全てを言う前に、誰が何をしでかしたかを察して俺は、彼女の肩を叩く。 「洗ったら落ちるかなって、思ったんだけど、全然、落ちなくて」 「教えてくれてありがとう。皆は教室にいる?」 「うんっ……先生、わたし……」 「……ひとつ、聞いて良いかな。他の皆は、何をしてたの?」  この質問に、他意はなかった。  正義感の強いクラスの女の子が嫌がらせを受けたというのに、誰一人傍についていてくれなかったのかと、むしろ他の生徒たちへの不信感が強くなったが故の質問だった。けれど白山田は、俺の質問に「なんで?」と反対に問いかけてきた。 「なんでそんなこと聞くの?先生は、私より他の子を気にするの?」  白山田は次の瞬間に、感情を全て床に落としたかのような真顔で冷静に言った。その言葉が妙に耳に残って、気味が悪くなってしまう。まるで自分が可哀想であることを強調するように。他の生徒の冷たさを気にすることが、悪だとでも言うように。白山田は赤らんだ綺麗な目で俺を見上げた。 「……山田さんが、可哀想なのはわかるよ。それなのに、教室でそれを見ていた他の人が、全然気にしないのはおかしいと思わない?」 「思わない」  はっきりと言う白山田に、そっか、と返すほかない。  ひとまず職員室でスカートの汚れを相談するよう伝え、俺は教室へと急ぎ足で戻る。白山田は何も言わず、じっとこちらを見ていた。  想像もしたくなかったが、予想通り教室の中は何もなかったかのように静かで、誰もが黙々と準備を進めていた。机を端に追いやり、ブルーシートを広げ、ハケを手に取り、各グループが思い思いに話しながら作業をする。  そこに一人欠けていること、自分のクラスメイトが泣いていたことを、誰も気にも留めていないようだった。 「皆、いったん手を止めて話を聞いてほしい」  なんて冷酷非道なんだと、感情のままに怒鳴りつけたい気持ちを抑えて彼らに向き合う。オレンジのペンキで背景を描いていた女子たちも、大道具を手分けして作成していた男子たちも、小道具作成に携わっていた黒山田も、何も言わずにこちらを見上げた。 「皆、さっきこの教室で起きたことを、どう思う?」 「どうって?」 「山田みのりさんがここにいないことについて」 「あぁ、」  生徒たちは白山田の名前を出した途端に興味をなくし、部族のあの目に戻る。手元の作業道具に意識が向く子もいた。普段から想像も出来ないほど、どうしてこうも一致団結して冷たくなるのだろう。元凶はやはり、黒山田なのだろうか。そちらへちら、と目をやったとき、松本が声をあげた。 「先生はさあ、なんで白山田の味方すんの?」 「え?」 「先生はさあ、黒山田が白山田をいじめたって、本気で思ってんの?」 「どういう、ことだ……?」  しらけた顔をした生徒たちは、無知な俺を憐れむようにそんなことを口走った。苛立ちでもなく、憐れむ目で、だ。そこでようやく俺は、自分が見当違いなことを考えているのではないかと思う。少なくとも、感じていた違和感は間違いではないことを確信する。 「先生はこのクラスの担任になったばかりで、君たちのことをあまりよく分かっていないと思う。だから、教えてほしい」 「知らない方がいいと思うけど」 「それでもだ。俺は、君たちの先生なんだから」  生徒たちは近場で顔を見合わせ、それからまた俺を見上げる。  目に映る光の色は、変わらなかった。 「先生って、黒山田がいじめたとこ見たことないでしょ」 「先生って、白山田が「いじめられた」って言ったとこ以外見たことないでしょ」 「それが全てだよ」 「全部白山田のでっちあげ」 「どっちかって言うと、白山田がいじめてる側だよな」 「何かやらかす度に、黒山田がやったって言いふらして」 「昔からずっとそうだった」 「だから誰も信じなくなって、だから先生に言うんだ」 「先生なら信じてくれるし、疑っても口には出さないから」  次々に飛び交う真相に、俺は言葉に詰まる。じっと黙ったまま話を聞いていくと、俺の中の違和感は、一番信じたくない答えでスッキリと解消するのだと思い知る。ただ一つの疑問だけを残し、クラスの答え合わせが終わった。 「……皆はどうして、白山田を止めないんだ?どうして皆、白山田の言いなりなんだ?」 「止めたって無駄だし。標的にされたら、先生みたいな人に怒られるようになるから」 「実際、黒山田のこと、先生も何度か注意したでしょ?」 「後ろで白山田がニタニタ笑ってたの、気づいてなかったでしょ」 「面倒くさいから、何もしない。反応もしてあげないの」 「先生もそうすればいいんだよ」 「話を聞いてあげてたら、満足するんだから」 「でも前の担任は、白山田に注意したんだよな」 「前の担任も、今と同じ事聞いてさ」 「だから先生と同じ事を教えてあげたんだよ」 「そしたら先生は、白山田に注意をするようになった」 「何度も何度も、嘘は良くないって」 「嘘じゃないって、白山田は言い続けて」 「それで、……先生は来れなくなった」  最後の言葉に、俺は絶句する。  ここにある暗黙のルールを破れば、俺は前担任の二の舞になるらしい。だが先生として、一人の女の子に屈するのはどうなのか。彼女を正そうとして、一体何があったのだろう。俺は、どうするべきなんだろう。  教室の出入り口の扉についた窓から、白いリボンの山田みのりが、こちらを見ている。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加