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「正志叔父さんが亡くなったって。至急連絡ちょうだい」
母からのLINEだった。幸次は仕事中であったが事情を上司に話し、急遽早退させてもらってクルマの停めてある駐車場へ急いだ。
正志叔父さんは1か月前に心筋梗塞で自発呼吸できない状態になっていたが、正志叔父さんの兄弟たちが寝たきりの意識不明状態でも、このまま死なせるのは反対し、酸素マスクと点滴の管につながれた状態で自然に心臓が止まるのを見届ける選択をした。
母へTELした。
「やっぱり叔父さんダメだったんだね。葬儀はどうすんの?」
正志叔父さんの入院していたのは隣の県にある遠い病院で、どういう段取りかさっぱり分からなかった。
「さっき皆と相談して、お通夜と葬儀はあっちの葬儀会社で家族葬にして、骨はうちへ戻してお墓に納めることになったんよ。」
「分かった。とにかく急いで帰るよ。喪服とか必要なものは用意しといて。今夜はあっちで泊まらないかんし。」
「分かった。気を付けて帰ってきさいよ。」電話をきって家路を急いだ。
数年前に東京から戻って来た幸次は普段向こう方面は行ったことがなく、先日正志叔父さんのお見舞いに向かったくらいしか道の知識がなかったので、行きはナビを主要な国道で行くよう設定し、案内に従って会場に無事つくことができた。
親戚の皆は先に集まっていた。
「幸次君、遠いところありがとね。正志もとうとう死んでしまったよ。」
母も親戚に挨拶し、「うちのお墓に埋葬するするので、うちの菩提寺の和尚に諸々をお願いしたからね。」コロナ禍以降、葬儀はほとんど家族葬だった。
夕方過ぎに和尚が到着しお通夜を行った。参列者は祭壇の前に布団を敷いて、正志叔父さんの昔話をしながら順番に仮眠をとって朝を迎えた。
急な葬儀だったので火葬場が空いてるか心配だったが、無事葬儀後に火葬でき、正志叔父さんは小さなツボに納められた。
昨夜から存分想い出話も済んでいたので、火葬が終わり葬儀場で荷物をまとめて、「じゃあ、また連絡入れるからね。お疲れさまでした」とそれぞれ自宅へ戻ることにした。
家までの帰りのルートは、今度は近道がないかナビで検索するととにした。
30分くらい所要時間の短い、行とは違うルートが表示された。
「なんだ。近道があるんじゃん。」幸次は迷わず最短ルートを選択し、クルマを発車させた。
途中までは主要な国道を走り、暫く進むとナビは次の分かれ道を右に進むよう指示してきた。
母もこちらの道路事情には疎かったので、「こんな所に近道あったんやね。」と感心してた。法事は毎回ドッと疲れる。10分でも早く家につきたかった。
道は最初のうちは舗装された2車線道路で車の通りも一切なく、
「なんだよ。最初からこっちで来ればよかったじゃん」と幸次が呟いたが、5分もしないうちに辺りの景色が一変してきた。
舗装こそされているが標高が高くなり、そのうち霧もかかってきて、徐々に視界の悪い状態になってきた。同じ車内の母の手元には、叔父の遺影と骨壺が抱えられている。
「マジか…この辺りにこんな場所があるのかよ。」
幸次は行に走った道路とのあまりの景色の違いに、だんだんと不安を覚えるようになってきた。ナビにはただ1本の道しか表示されていなかった。
走れば走るほど、道は綺麗だが異次元の世界に入りこんでしまったかのような視界には「見た事のない真っ白な花が生い茂る中に、道がまっすぐ伸びている」状況が広がってきた。
母もたまらず「幸次、この道大丈夫なんか?どこかで間違ったんじゃない?他の車1台もすれ違わないし…」と、口を開いた。
目の前の風景が「黄泉の国」に向かっているようで、手元の骨になってしまった正志叔父さんの遺影の写真が、僕らを道連れにしようとしてる顔つきにすら見えてきた。
家族が車内で軽くパニックを起こし始めている中、ナビは相変わらずの1本道を表示している。家まの距離の表示は順調に減ってはいる。
「国道の表示はされないけど、ナビはあってるみたいだよ。とにかく信じて走るしかないよ。」
1時間ほど異世界のような景色を走った後、ナビはようやく国道との合流する道を案内してきた。確かに近道だったようで、予定より家に早く辿りついた。
無事家に到着したことを報告するため親戚へ電話をし、道中の事を話すると道夫叔父さんは電話の向こうで高笑いをしながら、
「あの道を通ったんか?あそこは近いけど誰もあの道は通らんぞ。てっきり国道で帰ったと思ってたよ。」
どうやら、地元の人もあまり通らない林業で主に使われる道だったらしい。
正志叔父さんの遺影が、心なしかムッとしてる表情に見えた。
「叔父さん、疑ってごめんよ。」帰りの時間も確かに短縮できたし、ナビもこちらの指定通りしっかり仕事をしてくれていた。
家に小さな祭壇を作って正志叔父さんの遺影と位牌を置き線香をたいた。
四十九日の納骨までしっかり弔わないといけない。
結局誰ひとり悪くはなかった。勿論「黄泉の国」なんて行ったことないが、おそらくあんな風景だろうと幸次は思った。
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