美術室のペインター

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 ある日、美術室のペインターに遭った。  「会った」でも「逢った」でもないのは、彼女がもう生きていないからだ。  この時間ならすでに誰もいないだろう、そんな期待をもってここに来たのに、私の計画は初手から狂わされてしまった。  夕陽の差し込む美術室の奥の、キャンバスと向き合う女子。視線を下げていくと、その足元が透けているのに気づく。  私と同じくらいの年頃だろうか。いや幽霊なら私よりだいぶ先輩のご長寿さんか。  なんてどうでもいいことを考える私の心臓は、思っていたよりずっと落ち着いていた。  もっと言うと、冷めきっていた。 「何か用?」  私のことを見もせずに、ただ一言。  最初、それが私に向けられたものだと認識できず、遅れて顔を上げた。  彼女の手元には、一本の筆と、法則なく散らばった沢山の色。  なのに目の前のキャンバスは、まごうことなき黒に染まっていた。 「それ、何してるの?」 「見た通り、絵を描いてるだけ。それ以上でもそれ以下でもないでしょ」 「それはそうだけど。そうじゃなくて……」  筆には目を背けたくなるような鮮やかな色がのっているのに、彼女の絵には黒しか見当たらない。 「何?あんたも絵描きたいの?」  じっと見つめていると、彼女は集中できないと言いたげな目でようやく私を視界に捉えた。  絵を描きたいわけじゃない。そんな才能なんてもとより持ち合わせていない。    そうじゃなくて、ただ、彼女の絵をもっと見てみたい。見つめていたい。  そんな強い感情が、いつの間にかそこにあったから、私は幽霊相手だろうと構わず口にした。   「明日も来ていい?」 「……」  沈黙は肯定と捉える。そういうことにした。  彼女の足元は、変わらず夕陽によって貫かれていた。
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