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黒、ただそれだけ。
キャンバスは昨日と一片も変わらず、大嫌いなカラスのように真っ黒だった。
「なんで真っ黒なの、その絵」
「黒じゃない」
構ってもらえるなんて思っていなかったから、短い言葉が返ってきただけだけど少し心が震える。
だからといって、言葉の意味が理解できたわけじゃない。
「それ、どういう意味」
「だから、ただの黒じゃない。ほらこっち、見てみれば」
息を吐いた彼女は少し体を開いて、キャンバス全体が見えるようにしてくれる。
私はキャンバスに近づくと、確かに、黒の奥に鮮やかな色の断片があるのを見とめた。
「黒って暗くないの?」
だから、絵には向かない色だとずっと思っていた。
「この黒は、色褪せたりしない」
「……色褪せたり、しない」
画材を手放して立ち上がって、彼女は絵を見つめたまま独り言のようにつぶやいた。
「いろんな色が混ざり合った黒は、絶対に色褪せたりしない」
次に瞬きをした時には、彼女の姿は跡形もなく、綺麗に消えていた。
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