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その日の雨は、私達が学校から帰る頃には上がっていた。いつものように家に帰ろうと道を急いでいると、ふと私は道に真っ赤なものを見つけてぎょっとすることになるのである。
みずたまりの中、うにょうにょと蠢いているのは。
「な。なんだミミズか……」
この地域のミミズは、茶色というよりやや赤っぽい色をしている。
数匹のミミズがうにょうにょと蠢きながら、水たまりの中から這い出していた。そこは、丁度アキが言っていた、分かれ道のあたりである。ひらすら北の方へと体を進めようとするミミズ。しかし、今日はなかなかに暑い日。みずたまりから這い出して地面に出てすぐ、体が乾いてきたのか動けなくなってしまっていた。
「……そのまま水たまりにいた方がいいのに」
どうにも、お馬鹿なミミズはそいつらだけではなかったらしく、道にはあちこち“うっかり濡れた場所から這い出して、道の上で乾いてしまったミミズ”が散見されていた。
もし私がこういうイキモノが平気なタイプだったら、つまんで救出してあげたかもしれない。生憎、私は虫っぽいものがあまり得意なタチではなかったので、そのまま素通りするしかなかったわけだが。
「もう這い出すのやめなよー」
一応、気持ちとして声だけかけてそのまま家に帰った。そう、この時はそれだけ、だったのだが。
この日の夜、再び雨。
朝、雨が上がったところで学校に行こうと道を通ると、やっぱりミミズが何匹も道の上で干上がっているのである。それも、あの分かれ道のあたりに大量に。
「ええ、なんで……」
こういうことが、何度も続いた。
雨が降る。そして雨上がりに道を通ると、同じ場所で大量にミミズが死んでいるのである。
最初は“なんだかなあ”くらいの感想だったのが、段々と不気味に思えてきた。確かに道路でミミズがひからびて死んでいるのは珍しいものではないのだが、何故か、いつも同じ場所でばかり大量に死んでいるわけだ。そこに何かあるのか、と思ってしまうのも無理からぬことだろう。
――なんで?雨上がりの時だけ……ミミズが同じ場所で死んでるの?
やがて、私は気づいてしまった。
ミミズたちは、分かれ道のあたりで死んでいるのではない。――南側の田んぼから這い出してきて、北へ向かおうとして死んでいるということに。そう。
分かれ道の、北の方へ進もうとしている。つまり、あの洞窟がある方に。
「まさか……」
私は恐る恐る、そちらの道を進んでみた。枯れ枝のような木がぽつぽつと生え、段々とその本数が増えていく。やがて山の斜面にぶつかり、そこにぽっかりと洞窟が口を開けていることに気付くのだった。
入口にはロープのようなものが張られていて、立ち入り禁止、の看板がある。それはいい。問題は。
「な、なにこれ……」
ロープの下が、真っ赤に染まっているのだ。正確には、渇いたミミズの死体で土が見えなくなっているのである。
田んぼから洞窟の中まで、えんえんと続くミミズの死骸の道。まるで、雨と一緒に這い出してきたものが、雨上がりに洞窟の中へと帰っていこうとしているようだった。
私はなんだか恐ろしくなって、アキに“昔この村にいた守り神”の話を聞いたのである。すると彼女は、そういえば、ととんでもない爆弾を落としてくれたのだ。
「そういえば……お社が潰れたとか神社がなくなったりとかしたの、今からちょうど百年くらい前とか言ってた気がするけんど、ほんとかねえ?」
それから半年後。私たち家族は急に、また東京へ引っ越すこととなった。
なんでも、工場の計画が突然なくなったらしい。どういうことか、お父さんは教えてくれなかった。引っ越しになれたものとはいえ、アキたちとまともなお別れもできずに、まるで逃げるように村から出ていくことになったのを私はとても残念に思ったのである。
あの時のお父さんの様子は、何かがおかしかった。まるで、知ってはいけないことでも知ってしまったような。
ただ、私はアキのあの言葉だけが、どうしても耳に残って離れなかったのである。
『一応、雨をつかさどる神様だったらしいで。たくさん小さな僕がいて、それで村守ってたとかなんとか』
その翌年、村は大規模な土砂災害で、地図から消えてしまうこととなった。
一体あそこに何が眠っていて、何が起きたのか、それは誰にもわからない。
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