雨上がりに嗤う

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 その後、その場所は冠水対策が行われたと聞いた。雨水処理工事が拡張されて、水がたまりにくくなったと近所の人が喜んでいた。  近所の人は以前からなんとかしてくれ、と市役所に相談していたけど動きが鈍かったそうだ。改善を求めた僕の目が見えないこと。そして同行した友人が「こいつ溺れて死にかけたんだぞ! どう責任取るんだ!」と少し大げさに伝えたらすぐに対処された。SNSなどで拡散されてはたまらないと思ったのかもしれない。  水が溜まりにくい、というかほぼ溜まらなくなった場所。アイツがどうなったのかなんて知らない。  きゃあ、と声がした。小学生の女の子だろう、友達とわいわい騒いでいる。 「ミミズ! あたし、ミミズだいっきらい!」 「早くいこうよ~」 「怖いよ、通れないよ! 誰かどけてよお!」 「やだよ、掴みたくないもん!」 「むりー! キモイ!」 「蹴って!」 「踏んじゃったらイヤじゃん!」 「こんにちは」  僕は声をかけた。声かけるだけで不審者扱いされる世の中だけど、幸いこの子たちは白杖がどういう意味か知っているようだ。小さい声で目が見えない人だ、と聞こえた。 「ミミズ、とってあげる」 「え、でも」 「大丈夫だよ。僕はミミズをみたことないから怖くない」  ミミズに触らせてくれる? と言うと、一瞬躊躇ったようだが。男の子が「失礼します」といって僕の手を取った。  指先に伝わる、うねうねとした感覚。そっとつまむと、バタバタと激しく暴れているのがわかる。うん、君は、生きてるからね。目が見えなくてもわかる力強さ。  つまんだまま立ち上がった。こっちです、と誘導されて草むらにそっと置く。 「あ、あの。ありがとう、ございました」 「こちらこそ。手伝ってくれてありがとう」  どこか行きたいところがあるなら案内しましょうか、と言ってくれたけど。慣れた道だから大丈夫だよ、と言って僕らは別れた。  僕は目が見えないし、雨上がりは加害者の暴言を思い出して憂鬱になる。世間で言う弱者である僕にできることは数少ない。  でも、だからこそ。雨上がりに必死に生きようとしている者の手助けをするくらいはできる。  お前のように、ひねくれないよう気を付けるよ。名も顔も知らない、忘れ去られる憐れなお前にならないように。  雨上がりはきっとみんな笑顔だ。憂鬱な雨があがって、いろいろな事ができるから。  でも僕は笑ったりしない。地面を這いつくばって、口をパクパクさせて必死に生きる術を探しているものたちの気持ちがわかるから。雨上がりの恐ろしさを知っているから。神経を研ぎ澄ませて生きていく。
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