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こうして僕は今でも左足が痛むわけだけど、加害者本人は軽い前科がついただけで何不自由なくどこかで暮らしている。僕のことなんて忘れて幸せに暮らしているんだろう。
オタマジャクシやトンボ、ミミズなんかもみんなそうだ。弱者は文字通り弱いから、生存競争に勝つことができない。
天敵に食われるんじゃない、環境一つでも生死を分つ。たったひとつの水溜まりで運命が決まってしまう世界。そんな世界で生きてる。
あの子もしかして、僕が雨上がりの日に交通事故にあったの知ってて言ってるのか? どうしてそんなことがわかるんだという疑問はもちろんあるけど。僕だけに話しかけてきて、わざわざあんな内容を言って。しかも最後は馬鹿で締めくくる。
嘲笑う、馬鹿やマヌケを。……僕を。
「ねえねえ」
またきた、あの子だ。
「田んぼから溢れた水で、ザリガニが道路に取り残されるの。ザリガニは歩けるけど、その前に車に轢かれちゃうんだ。バーカ!」
「あのね、君」
「カタツムリもね、のろのろ動き出すの。歩道の真ん中で取り残されて、自転車に轢かれちゃうの。ノロマのくせに動くから! バーカ!」
きゃはは、と笑い声が遠のく。ノロマのくせに。その言葉が突き刺さる。
「水たまりでチョウチョが死んでる。大雨で地面に落ちちゃった、バーカ!」
「道路でウシガエルが轢かれて死んでる。カエルのくせに道路に出るからだバーカ!」
「バーカ! バーカ!」
きゃはは、と笑う。僕の声など聞こえていないかのように。誰なんだ、あの子は。どうして僕にそんなことを言うんだろう。
ドラッグストアで買い物をしていたら突然落雷の凄まじい音がした。ざわ、とあたりが一時騒然となる。
「やだ、停電!」
「うっわマジかよー」
「買い物できるのかな、レジ使えます?」
レジの方から客たちの声が聞こえる。すぐに復帰すると思うけど、停電なんて久しぶりだ。どこかの送電線が切れてしまったんだろうか。
申し訳ありません、ただいまレジが使えませんと言う店員の案内に僕は買い物を諦めた。外からは凄まじい雨の音だ、帰ろうかどうしようか。傘は持ってきたけど、両手塞がるからあまり使いたくない。だからカッパを買いたかったのに。
バーカ。
今のは、実際のあの子の声だろうか? それとも考え過ぎて幻聴とか?
「きゃはは! バカがまたいたよ!」
やっぱりきた。そして今までとは違う言葉に警戒する。
「あっちのトンネル、水溜まりが大きいの。池みたいなの! 溺れちゃってバカみたい!」
「!?」
それって、冠水したところで人が溺れてるってことか!?
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