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黒井町
友達のサナが何を言おうとしたのか、きっとおばあちゃんだったら知っているはず。
そう思いながら登下校班のみんなとは新しい家に向かう大分前に分かれて、途中から一人になってしまう下校の途中でどうやっておばあちゃんに聞けば答えてくれるのか考えながら帰った。
引っ越してからは、お母さんはカナを産む前に勤めていた会社にもう一度勤め始めていたので、帰宅が毎日遅い。
いつも家で迎えてくれるのはおばあちゃんだった。
おじいちゃんは駅の近くを歩くのが好きで、毎日駅の近くに散歩に行っているのでカナが帰った時にはいないのだ。
おじいちゃんは、少し気難しいところもあって、あまり学校の話なども聞いてもくれない。
ただ
「ちゃんと勉強しなさい。」
と、言うばかりなのだ。
おばあちゃんは、お母さんのお母さんなので、何となく話しやすい。
学校の話も聞いてくれるし、特別な持ち物がある時も、帰りが遅いお母さんよりはおばあちゃんにお願いすることが多くなっていた。
「ただいまぁ。」
「おかえり。手を洗ってらっしゃい。おやつがあるわよ。」
「やた!」
カナは急いでランドセルを自分の部屋に置いて洗面所に手を洗いに行った。
この家に引っ越してきてからいつもいつも気になる北側にある階段の右の上を見ないように。
自分の部屋がある南側だけを見て階段を上って、下りは下だけを見て降りた。
手を洗って、ダイニングテーブルに着くと和菓子が多いこのいえではめずらしく駅前のケーキ屋さんのケーキがお皿に乗せられていた。
「わ、どうしたの?お客さん来たの?」
「えぇ。早くお食べなさい。」
カナは久し振りのケーキの味におばあちゃんに聞こうとしていたモヤモヤをうっかり忘れるところだった。
ケーキのを途中まで食べたとき、フッと思い出して、素直に聞いてみた。
「ねぇ、おばあちゃん。黒井町って昔何かあったの?だからあんまり人が住んでいないの?」
「誰に聞いたの?」
おばあちゃんはいたって普通の声でカナに聞き返した。
カナは
「クラスの友達が・・・」
と、言いかけ、おばあちゃんの目を見てそれ以上話すのをやめてしまった。
おばあちゃんの眼がギョロリと白目を剥いて、おばあちゃんの後からは階段の右側にいつもいる、あの、眼をそらしていた黒い影のようなものがフワフワと立ち上るのが見えてしまった。
「なんでもない。ごちそうさま。」
カナは残ったケーキを全部口に入れて、お皿を流しに下げると急いで自分の部屋に向かった。
階段の右側は見ないようにして。
その夜、母親が帰宅するのを待って、カナはお母さんの部屋でおばあちゃんにしたのと同じ質問をした。
「あぁ、やっぱりまだ噂は消えてはいないのねぇ。それにおかあさんったらやっぱり・・・」
ミチは、疲れたような声で説明してくれた。
「おかあさんがまだ小さい頃の話だからおかあさんは後から人に聞いたり、古い新聞を図書館で調べたりして知ったのだけれど・・・
この黒井町で不気味な事件が続けて起きたのよ。
最初は小学生が何人か消えてしまったの。誘拐かともおもったけれど、身代金の要求もなくてね。結局見つからなかったわ。
その次は中学生が何人か消えたの。
警察も毎日のようにパトロールをしていたけれど、事件は続いたわ。
そのうち、子供のいる家の人たちは怖がってどんどん引っ越していったわ。
うちは、私がまだ小学生でも中学生でもなかったから引っ越さなかったんですって。
それから大分年月が過ぎた頃。お母さんがカナと同じ10歳の頃だった。
7年も経ってから、子供のものとみられる遺体が次々に池から上がったの。皆真っ黒な身体になって、池の土のせいなのか、脂漏化って言ってね、ミイラみたいにその時の姿をほぼ残したままで。真っ黒な遺体が次々にあがったのよ。
お母さんは運悪く、隣の空き地で遊んでいてね、遺体が池から上がってくるのを見てしまったのよ。
あれは普通に浮かんで来たのではなかった。
あの池は黒く見えるから深いのか浅いのかも知らなかったけれど、実は結構浅い池みたいなのよ。
だから、子供達がいなくなった時には警察ももちろん池の中も捜索したのだけれどその時には見つからなかったのよね。
お母さんが見た遺体は黒い池の中を歩いていたわ。
多分、お母さんと同じくらいの大きさだったから小学生なんだと思った。
お母さんは、小学校の誰かが池に落ちて歩いてくるのだと思って、急いで大人の人を呼びに行ったの。
でもね、池の縁の柵につかまるようにして倒れていたのは、その時にはもう息をしていない子供だったの。
色々調べると、7年も前にいなくなった小学生の一人だったのよ。
それからは、次から次へと、ちょうどいなくなってから7年目に池から上がってきたのよ。不思議だけれど、そのサイクルがわかってからは警察もその日に池を見張っていて、自分で池から上がってくる遺体を親御さんの元に返せたのよ。
おかあさんは、その後はもう空き地で遊ぶこともなかったし、何度かこの場所から引っ越そうって、おばあちゃんやおじいちゃんにも頼んだのよ。でも、二人とも引っ越したって、逃げられないからここにいるんだ。って言い張ってね。
結局、カナが見ての通り、黒井町には我が家しか住んでいない状態になったわけ。」
「おばあちゃんにこの話をきいたら、おばあちゃんの眼がおかしくなった。」
「え?話したの?」
「うん。早く聞きたかったから。なんかね白目になって怖かったよ。」
「あぁ、早く話して口止めするんだった。」
おかあさんは急に慌てるような口ぶりになってカナの腕を掴んだ。
「いい?この世から消えたくなければおじいちゃんとおばあちゃんの前ではこの話はしてはいけないのよ。
おかあさんは急いで引っ越しの準備をするわ。この家を出ましょう。」
「え?また引越すの?」
「カナが危ないのよ。この家は黒井町に飲み込まれるわ。」
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