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引っ越し
水野カナの家は父と母とカナの3人で暮らしていた。
ごく普通の3階建ての2LDKのマンションの一室だった。
父はカナが10歳になった年に、父が勤めている建設会社の事故で亡くなってしまった。
大型クレーンの操作ミスだった。
鉄骨に乗って、現場に指示を出していたカナの父はクレーンが吊っていた鉄骨に当たり、命綱をつけてはいたが、鉄骨の当たりどころが悪く、搬送された病院で3日後に亡くなった。
業務中の事故なので、会社の労災ですべてが賄われたし、それ相応の保険金や見舞金もカナの家に入ってきた。
カナの母親のミチは、カナの将来の為にそのお金はとって置きたかったので、元々遠くはなかった自分の実家に引っ越すことにした。
ミチの実家はミチが生まれる時に新築で建てられた木造の2階建ての家だ。
ミチの年と同じで築40年。そろそろ色々な所にメンテナンスを必要とする年数が近づいてはいたが、娘と孫が突然引っ越してくると言っても、改修が間に合うものでもなかった。
ただ、孫と住めるのは嬉しかったので、カナの為には昔ミチが使っていた二階の南側に向かった窓のある部屋を空けてくれた。
二階には3室あり、北側が廊下になり、階段を上がった左側の真ん中がカナの部屋。西側には祖父母の寝室の6畳間。奥に続いた廊下の東側にはミチの寝室の4畳半があるので、心細いこともなかった。
ミチの両親は、元々築50年を目安に色々と改修をしようと考えていたので、とりあえずの不便は我慢してもらうと最初に言われた。
もしかしたら、今10歳のカナだって、10年後には家を出ているかもしれないのだから。
大きな改修はその頃までしないと言われたのだった。
ずっとマンション暮らしだったカナは初めて住む二階建ての家が何となく不気味に見えた。
ミチの実家は町から少し外れた場所にあり、何故か周囲には家が少なかった。
そして、その少ない家々も、空き家が多かったので、この近所で普通に暮らしているのはミチの実家の池中家だけだったのだ。
ミチの実家は黒井町の一番奥にあり、ミチの家の隣には大きな池が黒黒と見える水をたたえて黒井町ができる前からあった。
隣と言っても、池からは500m程の空き地があり、池には高い柵がめぐらされて、入れないようにはなっている。
なんでも、湧き水があって、水が絶えることはないのだという。
黒く見えるのは、近くの里山の樹々の葉が下に沈んでいるからだろうとミチからは聞いていた。
カナの小学校はギリギリ以前と同じ小学校の学区内だったので、転校せずに済んだのはカナにとっては大きかった。だから少し位不便でも文句は言えなかった。
一階には西側の玄関の正面に階段があり、玄関の右側の一番西側には風呂やトイレなどの水回りを集め、その隣はリビングダイニング。一番奥に客間になる和室がある。
父親の葬儀が終ってから3か月ほどで、ミチの実家に引っ越すことになって、カナは学校で仲の良い友達のサナから嫌な話をきいてしまった。
「ねぇ、カナちゃん、今度黒井町へ引っ越すんだって?」
「あぁ、うん。お母さんの実家があるんだ。お父さん死んじゃったから賃貸のマンションだと家賃もばかにならないからって。」
「ふ~ん。黒井町ってさ、昔あの事件があった場所だよね?」
「事件?」
「あれ?カナちゃん知らなかった?あ~、じゃ聞かなかったことにして。ごめんごめん。」
5年生ともなれば、女子はそのくらいの気は使う。でも、気を使われたことで、却ってモヤモヤとした気持ちがカナには残った。
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