春一番

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 僕はマスクの紐に手をかけた。周りのスタッフは呆れていることだろう。  次に、前髪をサイドへ流す。目を半分ほど隠している前髪が鬱陶しかった。  ヘアメイクをされるのは苦手だから、自分で左耳に髪をかけて、事前に用意していたヘアピンで留めた。右側はまだ邪魔だったがそれっぽく流した。 「さて、どんな子なのかしら」 「優しい人ですよー」 「そればっかりね」 「はい。そればっかりなんです」  僕にとっての彼女は、優しい人。もっと言えば、優しくしてくれた人だ。どんな人かと問われてもその一点に尽きる。  傍に居るスタッフから、彼女とのグリーティングについて記載された一枚の紙を受け取る。 「この質問は流石に気づかれてますよね?」 「そりゃあ、ねぇ。運命の再会でも待ってるんじゃない? むしろちゃんと捕まえなさいよ」 「はい、もちろんです」  ただでさえ、人嫌いなんて言われる僕だ。そんな僕が心を開く人がどんな人なのか気になるのだろう。彼女とのグリーティングについて記載された紙にも、『大事な人材!逃すな!』と赤字で書かれていた。周りが僕の扱いに困っていて、ワラにもすがる思いであると伺える。  優しい人だと一言で表したが、他にも言い様はあった。恩人だとも言えるし、僕としては唯一の友達だった人とも言いたいくらいだ。目が離せない人でもある。そして何より、ずっと好きな人だ。 「じゃあ、かけるわよ」  眉間に皺が寄ってしまっている。  あぁ、最近の僕らしくない。  ピコン。通話を受けた音が鳴った。
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