風 第一章

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孫次郎は、道場に行く前に高岸屋に謝罪に行っていた。 縁側に座り、万のいれたお茶を飲む。 遊んでいた子供達はいなくなっていた。 優之進に客が来ると皆帰っていくのだ。 「優さん、絵を見せてもらえる?」 と花が聞くと、 「はい」 と優之進は、部屋に入って文机から絵を取り、三人に渡した。 どの絵も素晴らしい絵であった。 「これを平川殿が描かれたのですか?」 と孫次郎が、驚いて聞くと、 「はい」 と優之進は返事をしてから、 「優さんでいいですよ」 と言うと、 「じゃあ、孫さんね」 と花が言った。 「絵を描くのが僕の仕事です」 と優之進が、笑顔で言うと、 「そうなのですか」 と孫次郎は驚き、 「一枚いただいてもいいですか?」 と聞いて、巾着を出そうとすると、 「今日はいいですよ。次からはお代をいただきます」 と優之進は、笑顔で言った。 「ありがとうございます」 孫次郎は、お礼を言った。 道場の帰り道、小川がとても綺麗だったので、優之進は絵を描き始めた。 しばらくすると後ろから優之進の絵を見ている気配がする。 優之進は、気にせず絵を描いていき、終わって立ち上がると、 「すいません」 と声をかけられ、後ろを向くと商人が立っていた。 「もしよろしかったら先程の絵を見せていただけませんか?」 と聞かれたので、 「はい」 と優之進は返事をして、絵を手渡した。 しばらく商人は、じっと絵を見てから、 「おいくらですか?」 と聞かれ、 「値はお任せします」 と優之進が答えると、 「それでは」 と商人は、懐から金子を取り出し、優之進に手渡す。 「ありがとうございます」 と優之進がお礼を言うと、 「私は京で商いをしております永井屋と申します」 と言ったので、 「平川優之進と申します」 と言うと、 「平川殿、もしよろしかった京に来られませんか?」 と聞かれ、優之進が驚いていると、 「平川殿の絵に惚れました。是非京で絵を描いていただきたいです」 と頭を下げた。 「分かりました」 と優之進が答えると、 「ありがとうございます。準備が出来たらここの旅籠に来てください」 と紙に旅籠名を書いて、優之進に手渡し、 「江戸で一番の収穫です」 と永井屋は、満面の笑みで言った。 「優さん、おかえり」 家に戻ると、花と万、孫次郎が子供達と出迎える。 「しばらくの間、京に行くことになりました」 と優之進が言うと、 「京に」 と花が、寂しそうな顔で言う。 「優さん、何しに行くのですか?」 と孫次郎に聞かれ、優之進は先程までのことを話す。 「ずっと行っている訳じゃないのね?」 と花に聞かれ、 「はい、帰ってきます」 と優之進は、笑顔で答えた。 「いつ行かれますか?」 と孫次郎が聞くと、 「用意が出来たら旅籠に来るように言われています」 と優之進は言ってから、 「永井屋さんも京に早く帰りたいと思うので、明後日には行こうと思っています」 と答えた。 「準備手伝うわ」 と花が言うと、 「助かります」 と優之進は、笑顔で答えた。 優之進が京に行く日は、たくさんの人が見送りにやってきた。 「道中気をつけてください」 と孫次郎は言い、 「優さん、気をつけてね」 と花は言って、お守りを優之進に手渡した。 「みなさん、ありがとうございます」 と優之進は言って、 「それではいってまいります」 と深く頭を下げて、歩き始めた。 「優さん、いってらっしゃい」 「優さん、気をつけて」 と見送る人達は、優之進の背を見ながら、手を振る。 「元気に早く帰ってきてね」 花は小さな声で言うと、頬を一筋の涙が流れた。 優之進には、道中の初めて見る景色がとても新鮮で、興味深かった。 何ヶ所も (絵を描きたい) と思う所があったが、 (江戸に帰る時に描こう) と我慢した。 京の街並みも江戸と違っており、一つ一つが優之進の興味を引いた。 京では、永井屋に滞在し、注文されたものを描き、時間があれば京の街を散策し、気に入ったものの絵を描いて過ごした。 いつものように街を歩いていると、前方に侍が刀を抜いて対峙していた。 片方の侍は、先日永井屋から教えてもらった新選組の羽織を着ている。 優之進は、そのまま何も見えないかのように二人に近づいていく。 「早く逃げなさい」 と羽織を着た侍が、優之進に声をかけると、対峙していた侍が、優之進めがけて走ってくる。 羽織を着た侍が、 (斬られる) と思っていると、優之進が刀の鞘に手をかけたところまでは見えたが、次の瞬間には侍が腹を押さえて地面に倒れていた。 隊士が何人もやられて、羽織を着た侍も (俺もやられる) と覚悟していたので、対峙していた侍が、あっという間に倒れているのを見て、しばらく呆然としていると、 「斬ってはいません」 と優之進が笑顔で言ったところで、我に戻り、 「危ないところをありがとう。俺は、新選組の土方だ」 と言うと、 「平川優之進です」 と言って、深く頭を下げた。 「平川」 と土方は言ってから、 「君が、江戸で一番強い剣士かい?」 と聞かれたので、 「僕は、絵を描くのが仕事です」 と優之進が笑顔で答えたので、 「礼がしたいので、ちょっと待っててくれないか?」 と土方が聞くと、 「ただ、剣を抜いて僕の方に向かって来たから倒したので、お礼だなんて」 と優之進が答えると、 「それじゃあ、俺の気がすまない」 と土方が言うので、困った優之進は、 「お菓子ならいただきます」 と答えると、 「分かった。こいつをあそこの番所に連れていくから待っていてくれ」 と土方は言い、道端にちょうど綺麗に咲いている花があったので、 「はい」 と優之進は返事をし、絵を描き始めた。 「待たせたな」 と土方が、優之進に近づき、描いている絵を覗き込むととても素晴らしい花の絵だった。 「その絵を売ってくれないか?」 と土方が聞くと、 「はい」 と優之進は笑顔で答え、 「土方さんの思った値でよろしいです」 と言った。 「分かった、屯所で払おう」 と言い、 「行こうか」 と言って、歩き始めた。 「剣は、誰に習った?」 と土方に聞かれ、 「父が、兄に教えているのを見ていました」 と優之進が答えると、 「先程の剣の速さは尋常ではないな」 と土方は言い、 「よかったら、隊に入らないかい?」 と聞くと、 「すいません、僕は絵を描くのが仕事なので」 と即答した。
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