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と武一郎が言うと、
「目標を持って努力すれば必ず叶います」
と優之進は言ってから、
「ただ、僕を目標にするのは恥ずかしいです」
と照れていると、
「私もそうです」
と孫次郎は言い、
「優さんの背中は、遥か彼方にあるから全く近づかない」
と声をあげて笑ったので、
「二人とも僕を褒めても何も出ませんよ」
と優之進も笑った。
「武一郎、一緒に頑張ろうな」
と孫次郎が言ったので、
「はい」
と武一郎は、大きな声で返事をした。
「優さん、明日の夜は空いてる?」
縁側に座っている花に聞かれ、
「大丈夫です」
と優之進が答えると、
「孫さんと武一郎君は?」
と花が聞く。
優之進の家を訪れて以来、武一郎も毎日稽古終わりに優之進の家に寄るようになった。
「大丈夫です」
と孫次郎、
「大丈夫だと思います」
と武一郎が答えると、
「お父様の知り合いが屋形舟を借りたんだけど急用が出来たので、お父様が知り合いに代わりに行ってほしいと頼まれたの」
と花は言ってから、
「それで、お父様に優さん達は行けるか聞いてくれって言われたの」
と言った。
「それはいいですね」
と優之進が言うと、
「全て家で用意するから、夕刻になったら家に来てね」
と花は言った。
翌日、優之進達は稽古が終わってから優之進の家で夕刻まで過ごし、高岸屋に向かった。
「こんばんは」
と高岸屋の暖簾をくぐりながら優之進が言うと、
「お待ちしておりました」
と高岸屋が出迎え、
「優さん達がお越しだよ」
と奥に向かって言うと、
「はーい」
と花の声が聞こえた。
「今日はありがとうございます」
と優之進が言うと、
「いつも花がお世話になっていますから」
と高岸屋は、笑顔で言った。
奥から高岸屋の妻と花、万が荷物を持ってやって来たので、
「行きましょうか」
と高岸屋は外に出たので、
「はい」
と優之進は返事をし、花達が持ってきた荷物を優之進達が持って外に出た。
河原まで歩いていると、
「優さん」
「優さん」
と声をかけられ、
「優さんは、皆に好かれていますね」
と高岸屋は言うと、
「優さん、饅頭持っていきな」
と饅頭屋の奥さんが優之進を呼んだので、
「いただきます」
と声のする方に歩いていく。
「いつも町の人達に気を配っていて、困っている人がいればすぐ助けますからね」
と孫次郎は言い、
「なかなか出来ることではありません」
と言うと、
「僕も先生を見習います」
と武一郎は言った。
河原に着くと屋形舟が待機していた。
皆で舟に乗り込み、
「お願いします」
と高岸屋が言うと、ゆっくりと舟は動き出した。
障子が開いているので、川を渡る風が部屋の中に入ってくる。
「いい風が入ってきますね」
優之進は、対岸に少しずつ灯りがついていく景色を見ながら言うと、
「ちょうどいいわ」
と花が言った。
万が中心となって料理をそれぞれの前に並べていき、
「いただきましょうか」
と高岸屋が言って、食事が始まった。
「どう、優さん?」
と食事をしている優之進に花が聞くと、
「とてもおいしいです」
と言って、箸を休めてから、
「特にこの煮物がおいしいです」
と言うと、
「それは、花が作ったのよ」
と高岸屋の妻が言い、
「よかったなぁ、花」
と高岸屋が笑顔で言うと花の顔は赤くなった。
「私の夢は、花が好きな男と結ばれることだ」
と高岸屋が言うと、
「お父様」
と花の顔はどんどん赤くなる。
「孫さんの夢はなんですか?」
と高岸屋の妻が聞くと、
「私の夢は、公儀の力になることです」
と孫次郎は答えると、
「それはご立派です」
と高岸屋が言い、
「武一郎君は?」
と花が聞くと、
「僕は、優之進先生のような男になることです」
と武一郎は答えた。
「それは素晴らしいですね」
と高岸屋の妻が言い、
「奥様は?」
と孫次郎が聞くと、
「主人と一緒です」
と高岸屋の妻が笑顔で言うと、また花の顔は赤くなった。
「万は?」
高岸屋が聞くと、
「お嬢様が、幸せになってくださり、ずっとお側でつかえることです」
と万が答えると、
「万、ありがとう」
と花が言い、
「花さんは?」
と武一郎が聞くと、
「幸せな家庭をつくることです」
と花は、小さな声で答えた。
「最後は優さんだね」
と高岸屋が言うと、一斉に皆の視線が優之進に集まった。
「僕の絵が今のように皆で平和に過ごせる世の一因になってほしいです」
と優之進は答えた。
優之進の絵は、見ていると心が安らぐと評判になり、書き終えた絵はすぐ売れていた。
「京にいて強く思いましたが」
と優之進は言ってから、
「素晴らしい所でしたが、至る所で殺気を感じました」
と言い、
「人と人が争わないように心を安らげる絵を描いていきたいです」
と言うと、
「優さんなら出来ますよ」
と孫次郎は言うと、一同うなづいていた。
「京から帰ってから「風」と絵の隅に書いているよね」
と花が言ったので、
「京で新選組の土方さんに、「風のようだ」と言われたので、ちょうど雅号を何にしようか考えていたので、「風」にしました」
と優之進が言うと、
「そうなんだ」
と花は言い、
「新選組の土方殿とお知り合いなのですね」
と孫次郎がびっくりして言ったので、
「はい」
と優之進が言うと、
「京で活躍していると聞いています」
と孫次郎は言い、
「隊の方々に剣術を教えていましたが、みなさんとてもいい方でした」
と優之進は言い、
「先日、土方さん達から文がきました」
と笑顔で言った。
「優さんはどこにいても人に好かれますね」
と高岸屋が笑顔で言い、
「魅力があるからね」
と高岸屋の妻が言う。
「風は、優さんに合ってるわ」
と花が言い、
「そうですね」
と武一郎は言ってから、
「僕も京や色々な所に行ってみたいです」
と言った。
「みなさんの夢が叶うことを願っています」
と優之進が言うと、
「そうですね」
と高岸屋が言い、
「来年も皆で集まって楽しみたいですね」
と言った。
外はもう真っ暗になっている。
対岸には灯りが、夜空には星が見える。
優之進は、懐から紙と筆を取り出し、絵を描き始めた。
「武一郎」
帰り道、孫次郎が声をかけると、
「はい」
と武一郎が返事をすると、
「優さんの家に行かないか?」
と孫次郎に聞かれ、
「分かりました」
と武一郎は答えた。
優之進の家の垣根に来ると、孫次郎は立ち止まり、
「優さんが、夜一人で稽古しているそうだ」
と小さい声で言ったので、武一郎はうなづいた。
しばらく待っていると、優之進が庭に出てきた。
孫次郎達が息をひそめて見ていると、刀を抜いて振り始めた。
(美しい)
と二人が思っていると、優之進は動きながら刀を振っていく。
二人で一つ一つの動きに見とれていると、
「孫さん、武一郎君、出てきてください」
と優之進の声が聞こえた。
二人で顔を見合わせ、庭の中に入っていくと、
「お茶いれますね」
と優之進は、家の中に入っていく。
「見とれてしまいました」
と孫次郎と一緒に縁側に座った武一郎が言うと、
「そうだな」
と孫次郎は言ってから、
「とても優さんにはなかわないな」
と言い、
「はい」
と武一郎は言い、
「でもお互い頑張ろうな」
と孫次郎は、武一郎の肩に手を置く。
遥か彼方に見える優之進の背中を見るように東の空に浮かんだ月を二人で眺めた。
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