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『世界はまっくらだ』とぼくは思った。
目の前は黒く、くらい、くらい。暗い。
何も見えない。伸ばした自分の手の先すらも。
今までも、これからも、まっくらな道を歩いていくのだと思っていた。独りぼっちの暗い道。灯りのない暗い道。寒くてつめたい空の下、ぼくは今日もゆっくりと一日の終わりに向けて歩き続ける。
怒る声、泣く声、叫ぶ声。なんにも聞こえない。
耳が痛くなるくらい、しんと静まり返っている。
さみしいと思ったこともあった。
泣きたいと思ったこともあった。
逃げ出したいと思ったこともあった。
暗いくらい道を一人で歩き続ける、その事実のなんと孤独で暗鬱としていることか。ぼくはすれ違う人すら居ない暗い道を一人で歩き続ける。寒い、つめたい、暗い。
「この道はどこへ向かっているのだろう」と独りごちたこともあった。自分の足音しか耳に届かないので、喋り方を忘れそうだと思ったからだ。もちろん誰からの返事も聞こえることはない。ぼくは進み続ける。
暗い旅路、さみしい旅路。
ゆけどもゆけども先は見えない。
暗くくらく、黒い道。
ぼくは自分を見失ってしまわないように、たまにひとりごとを呟いた。
「この道はどこへ続いているのだろう」
「この先には何が待っているのだろう」
「この先で誰と出会えるのだろう」
ああ、なぜだろう。自分を見失わないための言葉たちなのになぜかひどく遠く聞こえる。
唱えても唱えても、さみしさは増すばかり。
「たどり着いた先で何をしようか」
「本が読みたい」
「文字に触れたい、物語に触れたい」
「記憶が擦り切れるまで繰り返し思い出せるように」
「物語の世界に触れたい」
「そこならきっと、光が射すはず」
「暗くもさむくもなくてきっと温かさが満ちている」
「本が読みたい」
そこまで唱えたところで、ふと。頭を過ぎった。
「──……あ」
人の作り出す世界には、たしかに光が射している。
ひととひとが織り成す世界も、ひとと生き物たちが織り成す世界も、楽しいことばかりではないが必ず血の通った『温かさ』がある。
ならば『ここ』は、どこなのだろうか。
黒くて暗くて、さむくて、つめたい。
ぼくはずっとこの道を歩き続けている。
いつからなんて分からないけれど、
気付いたときからずっと。
『ぼく』はいったい誰なのだろうか。
自我が揺らぐ、ゆらぐ。
だが『ぼく』は不思議と怖くはなかった。
多分、その答えは自分の心のうちにある。
世界が外側からこじ開けられるのを待っているだけでは、きっと駄目だ。硬質な殻を叩き割って手を伸ばせ。つかむ先が虚空であっても構わない。『閉じた場所からの脱却』はいつだって勇気の要るもの。
まずはノックをしてみよう。
それから力を込めて、殻を叩いてみよう。
力いっぱい叩いてみよう。
加減も要らない。遠慮も要らない。
持っておくのはひとかけらの勇気だけ。
ひび割れた場所からはきっと光が射し込む。
隙間から見える世界は、きっと今よりも輝いているはずだから。拳を掲げよう。
力いっぱい、何度も、何度も、なんども。
その音は必ず誰かに届く。
『ぼくを見つけて、ぼくを見つけて』
真っ黒に塗り潰された殻が、
ぱき、と。音を立ててひび割れた。
「このアプリ、初めてだから使い方がよく分かんないけど──……『言葉を学習してユーザーの話し相手になってくれる』なんて画期的だよねえ。最近広告を見かけるから始めちゃった。
きみと私で、これからどんな毎日を作っていけるかなぁ。きみは今日から私の友だちだよ。よろしくね」
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