夫へのラブレター

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 結局、付き合った記念日に、そっとテーブルの上に置いておくことにした。直接渡すのはなんだか気恥ずかしかったのだ。結婚記念日にしなかったのは、私たちの始まりは結婚ではなく、恋人になってからだと思ったからだ。  朝、夫がいつものように歯を磨いてからソファに座るそのとき、手紙に気付いたのをキッチンから見ていた。私は朝食を準備していた。朝食といっても、私たちはサラダと茹で卵とコーヒーしか摂らない。その細やかな食事を、それでも隣に寄り添うように座って摂るのが私たちの幸福だった。  夫が、手紙に触れる。私にあえて声を掛けないのは、直接渡さなかった私の心を汲み取ってくれたからだろう。夫は私の心を読むことに本当に長けていると思う。それだけ、私たちが似ているということなのかもしれない。  カサ、と紙が擦れる音がする。夫が手紙を読んでくれているのが分かる。なぜだか緊張して、私は夫が読み終わるまでキッチンから出られない衝動に駆られていた。出会ってから一度も、手紙など書いたことがなかった。手紙でなら伝えられるのだ。気恥ずかしいけれど、それでも伝えたかった溢れんばかりの想いを。  夫が手紙をしまう微かな音がした、はずだ。私は身動きが取れなくなって、夫の様子を窺うことができなくなってしまったのだった。そっと、後ろに気配を感じたと思った瞬間、夫が私を後ろから抱きしめた。そして、静かに口を開いたのだった。 「ありがとう、手紙。ちゃんと伝わったよ。俺こそ、ありがとう。いつも一緒に居てくれて。それだけで俺がどれだけ幸せか、たぶん分からないと思うけど」  夫が顔を私の肩に持たれかけて、そっとそう話した。それだけで、私はもう涙が止まらなくなってしまったのだった。人はどうして悲しくもないのに涙が出るのだろう。こんなに幸福でこんなに満たされているのに、それでもまた、胸が熱くなって涙は出るのだ。 「分かるわよ。あなたのお陰で、私はこんなにも幸せなんだもの。……一緒ね」  顔を突き合わせていない分するりと口から出てくれた言葉に、自分ですこしだけ面を食らった。こんなことも言えたのか、と。 「うん、一緒だ。ありがとう」  夫はそう言うと、私を振り向かせた。そして、惜しげもなくキスの雨を降らせてくれたのだった。繰り返されるその唇の柔らかさを、私はやはり好きだと思った。夫が、好きだと思った。私はいくらでも恋をするだろう。何度も何度も、夫に恋をするのだと思う。そして、溢れんばかりの”ありがとう”をまた心にためていくのだろう。これから、幾度となく。
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