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「いつもありがとうね」
そうすると普段は気にしてもないような係長が私に声をかけた。
「なんとなくですから」
「気の利く人だっていつも思ってるんだよ。良いお嫁さんになるなって」
その言葉を聞いた瞬間に「これかー!」と叫びそうになっていた。
「お世辞はありがたくいただいておきます」
なんとも驚かせてくれる。これまでの人生でこんな風に言われたことなんてない。まわりっくどい告白の前置みたい。
でも、占いは当たっていたのかも。
私は少しはにかんで次の花に移ろうと係長のところを離れようとした。
「十歳も違うおじさんだけど、恋愛対象になるかな?」
驚いて振り返ると係長は真剣な瞳で私を見ている。嘘じゃないみたい。
流石に恋愛スキルの低い私は「えっと、そうですね」とまともな返事はできない。
その困っている私を見た係長は「急がないよ。今度返事を聞かせて」と軽くバイバイするみたいに手を振っていた。
自分の席に戻って「冗談じゃないのか」とまた呟いてしまう。気づかれないように係長のほうを見るともう仕事モードになっている。本当に驚いた。
「占いがこんなに当たるもんだとは思ってなかった。驚かされたな。でも、返事、どうしよう」
係長は悪い人ではない。普通に出世もして、離れているとは言えこのくらいの年齢なら普通に恋人になれるだろうと自分でも考えた。結婚してもおかしな年齢差ではない。
つい考えていると顔が真っ赤になっていて、ブンブンと首を振って忘れようとする。でも仕事をしていても急な告白が消えない。
始業から二時間以上が過ぎたのでコーヒータイムでも取ろうと職場にある社員用の無料自販機で、レモンティーのボタンを押した。今日は不思議な日だ。普段ならコーヒー一択なのに、子供の頃の好物を選んでしまった。でもそれはまだ驚きが続いているからと判断する。
高いビルから街並みを眺め数分の休憩。だけどまださっきの告白を考えてしまう。
「今日は熱でもあるんですか? 顔、赤いっすよ?」
どうやらまた私は顔を赤らめていたらしく、今年の新入社員の男の子が話しかけてきた。
彼は高校卒のルーキーで事務関係のわからないことは私が教えているので結構親しい。そして良くできる子なんだ。
「別になんともなくてちょっと驚いたことがあるだけだから気にしないで」
嘘を付く理由もそんな神経も残念ながら持ち合わせてないのでこんな答えだけどを返していた。
だけどその子は「心配にもなりますよ」と私を見ている。なんかちょっといつもとは雰囲気が違っていた。
「俺は、あなたのことが好きなんですから」
またこんなことになる。そりゃあもう私としては驚きでしかなくて「冗談?」と真面目に聞いてしまった。
「まさか、そんなはずはありません。これでも真剣なんです。お付き合いできませんか?」
これまでの人生で巡り合わなかった告白を一度ならずも二度までも、今日の私はどうしてしまったんだろう。
「ちょっと待って! 直ぐにそんなのは考えられないんだ」
「そうですよね。待ちます! 俺は本当に真剣ですから、良かったらお願いします」
なかなか好青年でニコニコとそしてハキハキとそれだけを言うと仕事に戻ってしまった。
なんということなのだろう。これは悪い夢なんじゃないのか。私に限ってこんなことがあるなんて。
「もしかして、みんなで私を騙そうとしてる?」
今度は呟きと言うより自分で整理をつけたくて、そう思うように語った。そのおかげで何とか仕事を進めることができて、お昼休みになる。
もちろん私は告白をしてくれた係長やルーキーくんに返事どころか、顔を合わせることもできなくて直ぐにお昼ご飯という口実で会社から逃げる。
あまり人付き合いも得意ではない私は普段から孤独と一緒にご飯を食べている。大抵は会社近くの公園でその辺で買ったお弁当とかを広げている。
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