慌てるのはそれをしらないからなのかもしれないのに

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「まあ、今日は仕方がないか」  なんだか独り言が多くも通いなれたその店を訪れる。  もう夕方を過ぎて古ぼけた食堂には賑わいなんてない。疲れていつもの席に座ると「ビール!」と私の大好きなお酒を注文してしまう。控えているのだが、今日は本当に仕方がない。 「またかよ。飲むんならもっとお洒落な店にしろよな」  呆れた口ぶりで現れるのはこの店の主だけど、店とは違ってまだ若い。都は言え私と同い年だから人間的にはそんなに若くない。彼とは幼馴染で例の相手だ。  文句を言われて「客に向かってそんなこと言う?」という間に彼はもうビールを差し出してくれて「毎度ありがとうございます」なんて言いながら勝手に肴も用意してくれる。流石に古い付き合いなので好物は良く知っている。  軽く三杯ほどあおってから「今日は疲れたんだ」とポツリと呟く。店なんて私の貸し切り状態だから「お仕事ご苦労さん」と雑談も簡単に成り立つ。 「それが、仕事じゃないことで疲れたんだよね。話を聞いてくれる?」  一瞬怪訝そうな顔をした彼だったが軽く頷いて、またビールを飲みほした私に新しいジョッキを差し出してくれた。それからこの一杯がなくならない間に私は今日の告白のことを話した。 「占いって当たるのかな。それともやっぱり、私って騙されてる? こんな急に恋愛体質になるなんて有り得ないでしょ?」  その辺の疑問があったから誰かに聞きたかったんだ。別に今日の告白は全部断っても良いんだけど、相手が真剣なら付き合うくらいは悪くないのかもしれない。 「ふーん。騙されてるんじゃないと思うぞ。今日のお前は普段と違うからな」  私のことを良く知っている彼。そんな人が告白が騙しではないと言うので私ははてなマークな顔になる。  そうすると彼は私の顔に手を伸ばした。当然彼の顔も近付く。ちょっとドキドキするのはしょうがない。  彼は私の髪を掴んで「今日はひっつめ髪じゃない」なんて言う。  普段の私はセンター分けで後ろで括った髪にしている。だけど、今日は占いで呆けてしまったからついその時間がなくて、それから忘れていた。 「男は普段と違う雰囲気に弱いんだよ。そして、お前だって十人並み以上にはモテるだろうし」  私の髪を離した彼はなんとも普通に語っているが、これで私的には納得した気分にもなる。  今日告白してくれた人は、全然知らない人じゃなくて、私でも顔を覚えてるくらいの人。だったら、ひそかに想ってくれてたのかもしれない。  なんて思ったとたんに顔が赤くなったのはアルコールの責任ではない。 「しかし、告白されたなんてのは聞き捨てならないな。お前は付き合っている人が居るのに」  またハテナなことを彼が語っている。 「私、誰かと付き合ったことなんてないよ」 「それ、意外と傷付くな。せめて昔の恋人って呼んでくれよ」  どうして彼がこんなことをいうのかはわかっていた。半分付き合った彼だから。  そして、今の状況と、今日の告白の雰囲気は良く似ている。多分、間違ってない。私も告白されるには慣れたもんだ。 「昔の約束、もう一度有効にできないかな?」  やはり、と言うかまたしても告白だった。  今頃照れ臭そうにしている彼を見て、ビールを飲みほして代金を払う。 「考えてからね」  そう言うと店を離れた。
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