黒か白

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 田川隆(たがわたかし)はSFヲタクでホラー映画も頻繁に観ていたらしい。  連行するとき、彼は大声で、こんな事を叫んでいた。  「奴ら! 炭素がないと生きていけないバケモノだ! そんなのが増え続けてみろ! あいつら地球で好き勝ってやるぞ! 環境破壊の権化なんだよ!」  彼の親が建てた別荘の床下や地下室で発見された被害者の遺体は、腕や足、胸の肉を刃物で丁寧にこそぎ落としたり、頭皮を剥いだりするなど、酸鼻を極めるような状態で、《普通》なら連続猟奇殺人として捜査するところだった。  が、今回は違った――これを事件と扱っていいものかと警視庁の腕利きたちは悩んでしまった。  (とにかく上に判断を任せるしかねえ)  と、担当した日置正明(ひおき まさあき)警部は思った。  連続殺人の容疑者は逮捕されたものの、鑑識や解剖医を悩ませた遺体の数は全部で十一体、帰宅途中で忽然と行方不明となった人々には違いないのだが、問題なのは、その肉を剝いだ《骨》だ。むき出しになった骨はどれも墨のように真っ黒だった。  高橋等(たかはし ひとし)鑑識官は言う、「炭素でできた繊維状の骨になっています。カーボンファイバーみたいなもんですな。骨格は同じでも、我々みたいにカルシュウムの骨じゃありません。頭蓋骨を調べたら、歯まで真っ黒、お歯黒みたいになった歯に白いセラミック製の殻だけをかぶせて胡麻化してるんです」  これを聞いた志野勇作(しの ゆうさく)管理官は苦い顔だ。  相手が人でない以上、田川を起訴できない。  一緒に報告を聞いていた日置は「被害者は、ちゃんとした戸籍もあるし、家族の捜索願は出ています……ならいったい、どの段階で被害者たちは人間でなくなったんでしょうか?」と、志野に訊いた。  志野は自分の額をなぜた。  「そんなの今の段階じゃ、わかる筈がないだろう。田川に誘拐された時点か? それとも、その前に、何者かとすり替わっていたのか?」  高橋は、このように答えた。  「解剖医からの報告だと本物の骨を全部抜き出し、作り物の骨を埋め込むなんて真似は人間業じゃないそうです。田川は医学生ですが、とてもじゃないが、そんな神業が出来るわけがない」  志野管理官は高橋に訊く。  「血液、指紋はどうなんだ?」  「そ、それがすべて、被害者の血液型や指紋は一致、まだ結果は出ていませんが、おそらくDNA鑑定をしても結果は同じではないかと?」  志野はうめいた。  「それじゃ、本人そっくりのコピーだったわけか? コピーが本人らしく振舞っていただけか?」  それには日置警部が答えた。  「あるいは人体実験で何者かに骨だけをすり替えられたかです。一緒に住んでる家族が誰も違和感がなく、気がつかなかったようですし」  「それじゃホンボシは宇宙人とでも?」と、反対に志野から質問されて、「いや、それはどうも」と、日置警部は口を濁すしかない。  志野は、そんな日置を見て、忌々し気に顔をしかめた。  「田川は共犯者かも知れんな、おそらくホトケはみんなコピーだ。そうじゃないと理屈が合わない。被害者の年齢はバラバラだが、一人暮らしだけでなく、家族と暮らしていた者がいるんだ。それを欺くなんて至難の業じゃないか!」  志野は苦虫を嚙むような顔をして、話をつづけた。  「そりゃ同居してる家族だって、四六時中、顔をあわせるわけじゃないが、それでも気づかれないように手術なんて不可能だ。回復する時間も合わせても一、二時間しかない。そんな短期間で骨格を全部入れ替える手術なんてできるはずがない。リハビリもしないんだぞ! ありえん!」  これを聞いて、高橋は心の中で肩をすくめた。  (コピーだって? そんなの無理だよ)  そう考えた高橋鑑識官が「管理官、ちょっといいですか、するとみんなクローン人間ですか? それはもっとありえませんよ、今の技術ではクローンは赤ん坊からスタートしないと生み出せないんです。たとえば最初の犠牲者の年齢まで、クローンが成長するのに少なくとも三十年は必要のなります」  「だろうな……」  志野管理官は、自分の頭を掻きだした。  日置は、そんな管理官を眺めて、このように思った。  (管理官もサジを投げてる。でも現実問題、それじゃ逮捕した田川が英雄になってしまう。あんな殺人鬼がインベーダーから地球を守るヒーローに大変身かよ! 胸糞悪い!)  日置は思わず顔をしかめた。  志野も同じ気持ちらしく、唇を噛んでいる。「ホンボシは信じられないくらい頭がいい奴なのか?……くそお! 被害者の口を全部、田川が塞いでしまったし! これじゃ本人なのか、それともコピーなのか調べようがないじゃないか! だいたい、なんだって、骨を入れ替えなくちゃいけない! 目的は何だよ!」と、悔しがっていると、日置がこう訊いてきた。  「では田川を締めあげますか? あいつは殺したのは人間じゃない! と、無罪を主張しているようですが……」  「むろんだ、そもそも田川はどうやってホトケの骨が黒いのを知ったんだ? 外見上で判断はできないんだぞ! 無理やり歯を引っこ抜くしかないが、その痕がないと云うんだから」  それには日置は首を傾げた「そうですな、もっと現場周辺も掘れば見当が外れたホトケも出てきそうだし、それさえ出れば奴を起訴できます」  志野は叫んだ。  「徹底的にやれ! 人間かも知れないのに、警察に知らせずに殺しまくりやがって! あんな異常者を野放しにしておけるもんか! 絶対に法の裁きを受けさせてやる!」と、いきまく管理官の姿をながめながら、高橋は先ほどから、その口をじっと観察していた。  歯のどこかが黒いのではないかと怪しんだのだ。  彼は、こう考えていた。  (唯一の協力者かも知れないのに、なんで、この管理官は田川の口をふさごうとしてるんだ?)  日置警部も管理官の口をながめていた。  彼の場合、こう考えていた。(生物学者じゃねえから、わからんが、もし地球外生物がいたとして……。そいつが口から潜入して歯から骨格だけに寄生するタイプだったとしたら? このややこしい黒い骨の説明がつくかもしれん。まず歯医者を探ってみるか)  そして、こうも考えていた(本当にいたなら……。やれやれ、これは警察の出番じゃないぞ。わけのわからん生物の駆除なんて、消防署か保健所の管轄だろ? 自衛隊でも呼べばいいじゃねえか)  日置は、サルの駆除みたいに網を持った消防署の職員が背の低い、頭がツルツルのインベーダーを追い回し、右往左往するのを想像して、腹の中で笑った。  いつだったか、放火事件で消防署の職員とやりあった事があったのだ。                              *      
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