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3.母と子
俺は息をのむ。突然の「再会」の理由はそれか。
「やあねえ、別に今すぐ死ぬわけじゃないわよ」
俺の動揺を見抜いてか、母が笑う。
「なんかしんみりしちゃったのよね。悠馬が子どもの頃、どこにも連れて行ってあげなかったな。なんて思ったりして」
それは……当時の母には、俺を遊びに連れて行くお金も時間もなかったからだ。母が悪いわけじゃない。俺ももう大人だ、それくらいわかる。
「昔のことはどうにもできないけど、今と未来は変えられる。ね、そうでしょ?」
俺を優しく見つめながら母が言う。
俺はあの女性を思い浮かべる。
ホテルには湯衣で入浴できる露天風呂もあるが、家族向けと言われてもさすがに気まずい。母と俺は温泉に別々に入り、夕食をビュッフェで共にする。
近況を尋ねられた俺は、仕事のことや週末に友人たちと楽しんだビアガーデンの話をする。一通り聞いた母は、身を乗り出してきた。
「それで、どうなのよ? 悠馬は今好きな人とかいるの?」
俺はペーパーナプキンで口元を拭き、しばらく考えたのちに答える。
「結婚を意識している女性がいるよ。母さんは?」
「私? 私は10年前に結婚してみたけど、すぐ離婚しちゃった。一応ね、何人か恋人はできたのよ。でも、結婚に向いてないんだろうね」
俺は黙り込む。
俺もあの女性とうまくいかないかもしれない。結婚してもすぐ離婚するかもしれない。最悪、父という人のように無責任なことをするかもしれない。
「悠馬は大丈夫。私を反面教師にして育ったから」
母がケラケラ笑う。
「反面教師って言われてもなあ」
「親は親、子どもは子ども。別の人格なんだから、別の人生を歩むのよ」
花火大会は21時から。その前にアイヌ民族によりイベントもある。
「さて。そろそろ行きますか」
立ち上がろうとした母の椅子を俺がひき、そして戻す。そしてそのまま、2人並んで花火大会の会場に向かった。
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